デトロイトテクノのパイオニアは、いまや新たな音楽領域を創造する開拓者として世界中で耳目を集めている。
そんな彼の最新作「Planets」は、近年押し進めてきたオーケストラとの融合に加え、ジェフがかねてから興味を示し、題材として扱ってきた宇宙を改めて見つめ直し構築された壮大な作品だ。

無限に広がる宇宙の末に彼は何を感じたのか……。ジェフ・ミルズの真意を探る。

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“エレクトロニックミュージックがまだまだ発展できるものだと証明したかった”

——今作「Planets」では収録されたそれぞれの楽曲に惑星の名称が付けられ、その該当する星の直径や質量、自転速度によって曲のテイストが異なります。それらは音楽とどう関係しているのでしょうか?

まず言えることは、今回のアプローチは以前発表した作品『Blue Potential』から、さらに高いレベルへと押し上げるために行ったものです。しかし、このアルバムの構想、そしてテーマとなる惑星自体はすでに人類が以前から調査を進めているもので、決して新しいものではありません。
ですから、前作からの確かなステップアップを図るべく、自身の経験に加えて人類の英智を昇華させました。その中で重要視したことは、ストリングスなどのコードを地球をはじめとする惑星といかにスムーズに融合させ、正しい見せ方ができるか、それを意識しました。

——アルバム収録曲の順番も太陽から近い惑星順に並んでいます。それはアルバム1枚を通して宇宙を旅する、というようなことを意識していたのでしょうか?

何より大事なことはリスナーが今作を聴いたときに何を感じるのか、そこにあります。ここにはそれぞれの惑星だけでなく、それらの間にある空間、すなわち宇宙全体が必要不可欠であり、今作はその縮図でもあるのです。そういったことがあらゆる部分に反映され、楽曲をミックスすることで次の惑星(楽曲)へと進むことができるのです。
また、人間は惑星間を繋ぐトランジットについてはまだまだ知らないことが多いのも事実であり、私は今回それを自分なりに表現しようと思っていました。

もうひとつのポイントはリスナーの層です。おそらくダンスミュージックのリスナー、なかでも男性が多いであろうと思いますが、私は彼らにどういったアプローチをするべきかを考えていました。惑星というテーマを設けたことで果たしてリスナーはどう感じるのか、それは私にとって興味深いものでした。
さらに付け加えるならば100年後、人類がどのようになっているのかはわかりませんが、間違いなく惑星や宇宙についての見識は深まり、社会ではそれらが今以上に重要になっているでしょう。だからこそ地球というひとつの惑星だけでなく、宇宙という大きな存在にフォーカスしたのです。

——その100年後にも聴いてもらえるものを目指し、今作を作り上げたと伺っていますが、あなた自身は100年後エレクトロニックミュージックはどうなっていると思いますか?

たとえば、フェスティバルは決して一晩でできるものではないように、この作品もまた一日でできたわけではありません。10年もの年月をかけて作りあげたものです。そして未来について、これから先の世界はテクノロジーの進化がさらに加速することは間違いないでしょう。人々は今私たちが存在している世界とは異なる次元や空間を望み、一方ではVRの世界に没頭する可能性も大いに考えられます。
しかし、そんな中でもある意味においてエレクトロニックミュージックが変わることはないと思っています。DJが12インチのアナログレコードに針を落とす、その行為はいわば現実を逃避する旅へと導く引き金です。現在世界各地で開催されているフェスティバルに関しても、それらは訪れた人々を日常生活とは異なる旅へと連れていく……それがエレクトロニックミュージックの目指すところだと私は思います。
特に、これから先の未来はそうやって現実と乖離していき、きっと100年後には現在とは異なる世界が広がっていることでしょう。

——「Planets」に関連する一連のプロジェクトを通して、あなたが最も伝えたかったことは?

まずはオーケストラとの共演、それは言葉で言うほど簡単なことではありません。多くの困難がありました。それがわかっていたにも関わらず、なぜ彼らと共演したかと言えば、エレクトロニックミュージックの体現者の中で、本来あるべき姿のアーティスト的なアルバムを発表できている人が極わずかしかいないからです。私はその状況を打破したいのです。今作を以て、エレクトロニックミュージックがまだまだ発展できるものだと証明したかったのです。
私自身、それはまだまだ未完成、何も始まっていないと思っています。それだけにこれをひとつの契機として、今後エレクトロニックミュージックのアーティストたちが視野を広げていくことを望んでいます。

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“音楽というものはいわば地球だけにしか存在しない、人類のためにあるものなのかもしれない”

——先日、東京フィルハーモニー交響楽団と行ったコンサートは、宇宙をテーマにしたSF映画さながらの、とても素晴らしいものでした。その中で気になったのは、今回全ての曲がまるでミックスのように繋がっていたこと。その意図を教えていただけますか。

それは、宇宙は止まることがないからです。宇宙は常に動き続けています。だからこそ音を止めるべきではないと思ったのです。
しかし、それはオーケストラの奏者にとってはありえないことであり、大変な取り組みだったと思います。今回は音を止めないばかりか、普段は自分のパートだけを担当し考えるべきところ、オーケストラ全体の音をひとりひとり意識して聴いてもらうようお願いしました。コンサートの演目をひとつの音楽として捉え、みんなで作り上げていくようにと。
演奏を司るのはあくまで指揮者ですが、奏者も全ての音楽を把握し、全員が同じ時間の中で音楽を共有しない限り、今回のプロジェクトはなし得ないことだったと思います。

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——コンサート中、ホーンセクションがステージから客席へと繰り出し、さらには二階席にまであがる奏者もいました。それはスタジオワークにおけるパンニングのような効果でしたが、あれは惑星の移動を表現したのでしょうか?

端的に言うならば、あの行為によって表現したのは土星です。土星を囲む太陽系で最も有名な環(リング)と同じように、絶えずまわり続けることをイメージしたかったのです。途中ホーンセクションのスピードが増していったのも、その回転を意味しています。そして、二階席にあがったフルートとクラリネットは土星のタイタン(衛星)です。地球に月があるように、惑星の周囲をまわるものの存在を表現しました。

この試みは当然ながら簡単なことではありませんでした。奏者たちはどこにいたとしても常にステージ上の指揮者を見なければならず、さらには演奏しながら移動し、特定の時間内にステージ上に戻ってこなければなりませんからね。何度もリハーサルを重ねました。

——あれは本当にすごく斬新な試みでした。

もうひとつ、そこには音楽的な企みもありました。それは奏者が客席に向かうことで、鑑賞者が音の中心に位置することができるのです。既存のコンサートでは基本的に鑑賞者は一方向からの音しか体感できませんが、この試みによって複数の方向からの音を感じることができます。それは、ある意味でサラウンドシステムのような感覚と言ってもいいかもしれませんね。

新しいアイディアと思うかもしれませんが、その基礎も3Dサラウンドとして、すでにあるものです。それを取り入れて土星の動きを表現しただけです。

——今後の展望を教えていただけますか?

次回のクラシカルなプロジェクトは来年の春、『Lost in Space』と銘打ち、宇宙空間では何が起こるかわからない、ということを表現する予定です。さらには今秋公開予定の映画『光』のサウンドトラックや『ベルリン国際映画祭』に出展予定の作品もあります。

一方で、今秋にはアルバムも想定していますし、今年は私が主宰するレーベルAXISの創設25周年でもあるので、ラジオなどの新たなプロジェクトも開始したいと思っています。すでにいろいろなプロジェクトが進行しています。

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——最後に、1970年代に打ち上げられた無人宇宙探査機ボイジャー号には、地球外知的生命体や未来の人類に向けたメッセージ、さらには音楽を収めたゴールデンレコードが積まれていたと言います。もしあなたがこうしたレコードを手掛けることができるとしたら、どんなメッセージを残しますか?

面白い質問ですね……。私はまず始めに“人類は決して危険な存在ではない”ことを伝えます。それに尽きます。
それを受け取るのが何者なのかわかりませんが、もしもそれが地球外知的生命体であったとしたら、彼らはおそらく次元を越えて忍び寄るハンターの可能性があります。きっと当時の人たちもそのことを想定していたことでしょう。
それだけに、我々地球人はあくまで脆く、危険性のない存在であり、なおかつ地球という星には食べ物があることを伝えようとしたと思います。

しかし、そこに音楽が収められていたかはどうでしょう。音楽は未知なる相手にどう受け取られるのかわかりませんよね? 音楽は、私たちにとってはエンターテインメントかもしれませんが、地球外知的生命体にとっては危険なものだと感じるかもしれません。音楽というものはいわば地球だけにしか存在しない、人類のためにあるものなのかもしれないのです。それだけに、もしも私がそういった未知なるものへのメッセージを考えられる立場にあったとしたら、決して音楽は入れません。我々は危険ではない、ただそう伝えるだけです。

Photo by Jacob Khrist / 正木万博
Interview : NAOKI SERIZAWA
Interpretation : REN

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JEFF MILLS
『PLANETS』

¥2,800(税抜)
2017年2月22日発売

JEFF MILLS
ジェフ・ミルズ
テクノ黎明期からシーンを牽引するアーティスト。レーベルAxisを主宰すると同時に、数多くの名曲を輩出。現在はテクノの枠にとらわれることなく映画やアートなどとも積極的にリンクし、さらにはクラシック、オーケストラともコラボ。その公演は世界各地で高い評価を受けるなど、絶えず音楽の新たな領域を開拓し続けている。