宗教的図像にオーバーラップするストリートやポップの要素、
シンボリックな作品で世界を魅了するブラジル人アーティスト、ステファン・ドイチノフ。
そんな彼の日本エキシビジョンの開催、そして初来日を祝しインタビューを試みた。
存在感を放つ作品の数々はいかにして作られるのか、その謎に迫る。
ブラジル人アーティスト、ステファン・ドイチノフ。立体作品やペインティング、木版画、シルクスクリーン、リトグラフなどじつに多種多様な手法を駆使したその作品群は、宗教芸術の荘厳さや古代文明の神秘といったミステリアスで厳粛な雰囲気を醸しながらも、ストリート・カルチャーやポップ・アートのカラフルさも持ち合わせている。
一目で、彼のバックグラウンドがいかに折衷されたカルチャーに精通し、好奇心が旺盛な人間かが伝わってくるハイブリッドな作品の数々は、なんとも形容のしがたい圧倒的なエネルギーを発し、我々を惹きつける。
ドイチノフは現在、ブラジルのアートシーンでもっとも活躍する若手の1人だが、その絵も彫刻も、インスタレーションもほとんどが“独学”だと言う。さらに両親がキリスト教の福音主義の牧師という家庭環境から、幼少時より宗教芸術に慣れ親しみ、青春時代にはパンク・バンドにのめり込んだ特異なキャリアを持っている。
俄然、興味が湧いてくるではないか。彼を芸術表現に突き動かす源はなんなのだろうか?
同展のために来日を果たしていた本人にインタビューするチャンスを得たが、そこでは“我流”ゆえの無鉄砲では説明しきれない、好奇心の塊のような彼の人間性を確認することができた。
――「ジュレマ・プレッタ」は、日本では初のエキシビジョンでしたが、改めてテーマやコンセプトを教えてください。
「ショウの一番の目的は、狭いスペースで僕の幅広い活動を見てもらうことだった。だから、木版画、シルクスクリーン、レタープレス、ポルセリン・スカルプチャ、アクリル絵など僕が研究しているテクニックはほとんど駆使したよ。
ショウのタイトル “ジュレマ・プレッタ” とはブラジル北〜北東部に群生する植物で、幻覚を引き起こす作用があり、シャーマニズムや宗教的儀式で使われることでよく知られているんだ。アヤワスカの元だよ(※編注:先住民の言語で“魂のつる”の意。アマゾンの先住民族が宗教儀式や民間療法などに用いられる飲料)」
――「ジュレマ・プレッタ」に見られるように、あなたの作品からは宗教からの影響を見ることができますが、あなたは宗教からどんなインスピレーションを受けていますか?
「宗教そのものや、宗教とあらゆる権力との関係性について学ぶことが好きなんだ。だから、僕のアイデアは宗教に関係することが多いんだと思う。こういうことを勉強することで、西洋文化の基本が理解できるし、僕らは21世紀に生活しているけど、多くの決まりごとや倫理観は、いまだにバイブル(聖書)がベースになっていたりするからね」
――あなた自身、敬虔なクリスチャンの家庭で育ったそうですね。
「そうだね。でも、厳正なクリスチャンだったのは、11〜12歳までだよ。その後は、スカパンク・バンドをやっていたから、歌手になろうと思っていた。でも、数年後にレコーディングをしたときに、そこまで自分の声が良くなかったことに気づいた。それでバンドを抜けることになったんだけど、音楽シーンとの繋がりはあって、友人のバンドのジャケットやポスターとかを作るようになった。いつしか、絵やステンシル画を描いたり、ストリートにポスターを貼るようになっていって、それが僕のキャリアにとって大きなきっかけになった」
――では、エキシビジョンの話に戻します。女性をモチーフにした作品が多く見受けられましたが、女性はあなたのクリエティビティを刺激している?
「女性は、僕がもっとも好きなサブジェクトなんだ。これに関しては、永遠に話せるよ(笑)。そして、そのなかでもショウにもっとも頻繁に出てくるのは“女性の髪”なんだ」
――なぜ髪なのでしょうか
「すべての古い宗教には、文化的伝統として“髪”を介して、その教義を誇示してきた。ムスリム、ユダヤ、プロテスタントなどすべての原理主義者は、特定のルールを持っていた。露にしてはいけなかったり、洗ってはいけなかったり、人生を通して誰にも見せてはいけなかったり……。
そういったルールのもとでは、髪がすごく長かったり、ぐちゃぐちゃだったり、逆立っていたり、自由を象徴していたり、とても性的で、生物のエナジーの象徴として、僕の作品のシンボルにふさわしいと感じるんだ」
――あなたは立体作品から木版画、シルクスクリーンにリトグラフなど多くの手法を用いて作品を創作していますが、この表現方法はどのように使い分けていますか?
「テクニックだね。僕は新しいテクニックを発見するのが大好きなんだ。そのために旅行をするのも大好きで、ジュアゼイロ・ド・ノルテに行ったときは、“コルデル”の伝統的な木版画スタイルを習った。
ブラジルの北部では、“コルデル”というファンジン(ファン雑誌、同人誌のこと)の形式で、ポエムと木版画をミックスしたスタイルを作り上げ、現代に受け継がれている。
僕はジュアゼイロに行ったとき、幸運にもカリリース(ブラジルの先住民)の首長であるホセ・ロウレンソとそのクルーに会うことができた。しかも、作業をしているところを見学できただけじゃなくて、彼らとコラボレーションをすることもできたんだ。すげえラッキーだったよ。そこで起きたことと、実際に作った木版画は今回のショウでも観ることができるので、ぜひともチェックしてくれ」
――そのような様々なカルチャーのミックスやクロスオーバーなあなたの作風は意識的なものでしょうか?
「シンボルやアイコンを扱うのが好きなんだ。宗教にしろトラディショナルなものにしろね。僕の制作した多くのものは、あるカルチャーからインスピレーションを受けて、僕なりに解釈をして、変形させて、物語を込めて、作品として意味のあるものにしている。現状で起こっているなにかを表現するときに、過去のシンボルを挙げるのが好きなんだ」
――あなたが住むブラジルでは非常にストリートアートが盛んです。いまのブラジルのストリートアートはいかがですか?
「パブリックアート、ストリートアート、グラフィティも地下鉄でギターを弾いている男も、なにが大事かって、公共のスペースを支配しているかってことだと思うんだ。公共の場は、市民のものであって、土地を買って製品を宣伝するお金のある企業だけのものじゃないんだ。
子供が朝起きて、バケツにペンキを入れて、キャンパスとなる壁を探す。これはとても人間としてプリミティブな行動で、彼はそんなことをわかってなくていいし、わかる必要もないんだ」
――表現欲は本能的なもの、ということですね。では、あなたがいま注目するブラジル人アーティストを教えてください。
「音楽なら、ミックスヘル、ハートモルド、ポララはチェックするべきだね。アートだったら、ペドロ・イノウエ、パコッリ、ブルーノ・ナインリィ、エマーソン・ピンガリーニョ、カルロス・ディアスだね」
――今回が初めての来日ですが、日本の宗教観や街のデザイン、アートシーンなどどのように感じましたか?
「日本に来て、1週間が経ったけど、日本のカルチャーにブッ飛ばされているよ。一番興味を惹かれたのは、日本人は様々なカルチャーを自由に扱い、ミックスさせているってことだ。
他の街や国だと、パンクはパンク、レイバーはレイバー、ヒップホップはヒップホップって分かれているんだけどね。本当に素晴らしいことだよ。
日本に来た初日に、小さなクラブに遊びに行ったんだけど、アタリ・ティーンエイジ・ライオットとアドヴェンチャー・タイムとカラオケ、LSDとクラックが全部混ざっている感じだった(笑)」
――あなたが影響を受けた、または知っている日本人クリエイターはいますか?
「小さい頃から大友克洋を知っていて、リスペクトしているよ。あと、7歳のときのベストフレンドが同じ学校の日本人だったんだ。彼の家に週に3日は遊びに行っていて、日本食を食べていた(笑)。そして、彼の兄が『AKIRA』のレーザーディスクを日本から買ってきていて、いつもそれを観ていたよ。日本語だったけど、全然気にならなかった。カネダとテツオが好きだった(ともに『AKIRA』の登場人物)。
いま好きなクリエイターは、USUGROWとHAROSHIだね!」
――では、最後に今後の活動について教えてください。
「今年の末にはパリでショウをやるから、その準備をしているよ。あとNYでも個展を開催するからチェックしておいてね! アリガトウゴザイマス!」
『CRAS – Stephan Doitschinoff』
224 ページ 仕様:オールカラー版 / リネンハードカバー
定価:オープンプライス
CRAS by Stephan Doitschinoff .AN) Gestalten, Berlin 2014
(国内お問い合わせ先:Gestalten Japan 0422-30-9326)