総人口約1600万人、総面積は約4万1526㎢(九州よりやや大きい程度)と国家としては小国とも言えるオランダ。
そんなオランダは、ことダンスミュージック・シーンにおいて現在世界の最高峰といえるだろう。
DJ MAG TOP 100 DJsを見れば、首位のハードウェル、3位にアーミン・ヴァン・ブーレン、4位にマーティン・ギャリックス、5位にティエスト、8位にニッキー・ロメロ、12位のアフロジャックといった形で、オランダのDJたちが上位をほぼ独占。
アメリカでも、イギリスでも、ドイツでもない、オランダこそがシーンを左右する、EDM界における最も重要なファクターとなっている。
そんなオランダがなぜダンス大国になったのか? 歴史や文化、国民性を手がかりに、ダンス・カルチャーが育ってきた背景を解析していく。
一大ダンス大国となったオランダ その土壌、そして背景…
振り返れば1990年代初頭、オランダでは当時世界的ムーブメントとなっていたレイヴ・シーン(セカンド・サマー・オブ・ラブ)のカウンターとしてロッテルダム・テクノ、ガバ(オランダ語で仲間の意味)が勃興し、その一方でトランスの隆盛とともにダッチトランスが誕生。
当時からハードなサウンドが好まれ、そこにはEDMが浸透する土壌がすでにあったと言える。
そして、そんな90年代を幼少期として過ごしてきた世代、ハードウェルやアフロジャック(ともに27歳)、さらにはニッキー・ロメロ(26歳)などがいま旬を迎えていると同時に、1985年から活動するティエストが健在だったり、そんなティエストに影響を受けたティーン・エイジャー:マーティン・ギャリックスが台頭してきたりと、世代を超えて連綿と繋がった歴史が今まさに大輪の花を咲かせている。
とはいえ、そもそもなぜオランダがダンスミュージックを受容できたかと言えば、それはオランダ人の国民性が大きく関係していると言えるだろう。オランダ人は歴史的、地理的にゲルマン(ドイツ人)の勤勉さとラテンの開放感を色濃く反映&ミックスした独自の文化を築き上げてきた。それでいて、ソフトドラッグや同性愛など、他国にはない懐深さというか、許容量というか、高い自由度を持つ国でもある。
それはある種快楽主義的とも思われがちだが、それが全てではないし、正解ではない。むしろ、好きなものにはとことんのめり込める環境があり、音楽のなかでもニッチなダンスミュージックでも突き詰めることができたのだ。
だからこそ様々なアーティストが誕生し、実際にアフロジャックにしろハードウェルにしろかなり早熟で、幼少時に音楽と出会い、10歳前後で音楽制作を開始しスターへの階段を突き進んでいる。
そして、そんな自由度とともに、前述のソフトドラッグや同性愛を受容するその感度。それは、ダンスミュージックの歴史(発祥)とも深くリンクする部分があり、オランダがダンスミュージックとフィットするのも頷ける。
ダンスミュージックというカルチャー、文化の発展には、そういった側面は必要だ。ことクリエイティブな世界では開かれた感性にこそ、新たな息吹が宿っているものだから。
また、オランダは国土が狭いわりに農業以外取り立てて産業がなかったことから、古くから世界に向け貿易が盛んだった。歴史上、世界初の株式会社と言われているオランダ東インド会社を生み出し、輸出ビジネスに長けた国でもある。
ダンスミュージックも大きな国益を得る1つのコンテンツとして、オランダは早くから国外へと輸出しようとしていたきらいがあるのだ。
さらには、オランダは他国で思想や信条を理由として迫害された人々を受け入れることで繁栄した経緯があり、つまり外のものを取り入れることがうまい。実際ロッテルダム・テクノは隣国ドイツからの流れを受けて生まれたものだし、そしてダッチトランスもドイツ、ベルギーのサウンドを色濃く取り入れたもの。
近隣諸国のコンテンツをうまく取り入れオランダ独自のものとし輸出。そうしてビジネスとして1つの形を作り上げたことが、シーン活性化の一助になっているとも言えるだろう。
ただ、その一方で、オランダでは俗に“世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った”と言われている。
これは、決して選民思想的なものではなく、古くから干拓によって国土を拡大してきたことに由縁するもの。つまり、外に目を向け、より良い文化を取り入れると同時に、自国のこともしっかり配慮している側面もある(それは人間性とは別の意味で)。
そういった様々な背景がオランダにはあるわけだが、現行シーン、特にEDMで考えてみると、やはりダッチトランスの成果は大きい。
というよりも、特に近年の流れ、サウンドの傾向はダッチトランスのそれに近い(もともとEDMはダッチトランスのパターン、タッチが近いが)。
それはEDM全盛のいまは特にパワーバランスに直結する。インテリジェンス以上に、現場での盛り上がりを重視するEDMは、わかりやすさも重要だ。となると、ハードかつメロディック、はたまた壮大だったり、多方向にベクトルが向けられ、なおかつ多幸感のあるそのダッチトランスはぴったりだったと言えるだろう。
こうして、着々と受け継がれてきたダンスミュージックの血脈がいよいよ開花した現在。この勢いは今後どうなっていくのか、それもまた楽しみだ。
ダンス大国はこうしてできた
オランダが隆盛を誇る、その理由、その魅力
オランダがトップ・アーティストたちを続々生み出すその背景、そして世界中が注目するオランダの魅力。
ここではそれらを様々な角度からピックアップ。
日本もダンスミュージック大国となるべく、オランダを見習ってもっともっとシーンを拡大してほしいところ。
オランダ発展の一翼を担う『ADE』 多角的な視点でシーンを分析
アムステルダムで毎年開催されている音楽カンファレンス『ADE(Amsterdam Dance Event)』(カンファレンスについては、ADE速報レポートを参照)。
毎年10月に開催。1996年に産声を上げ、2014年度は期間中に85カ国から2224組ものアーティストが参加。昼夜を問わず様々なイベントが催され、動員数も35万人と世界でも屈指の音楽カンファレンスである。
この『ADE』の最大の魅力は、世界中からダンスミュージック関係者が集まり、ここで披露される最新のパフォーマンス、さらには最新の機材をはじめ、今各地で巻き起こっているムーブメント(音楽だけでなくファッション、アートといったカルチャー全般)のプレゼンテーションを通し、今後のシーンの動向を伺うことのできる絶好の機会にもなっている点。
また、数多くのトップ・アーティストによる講義やアートショップも展開され、学びの場としての機能も持つ。
世界広しと言えど、そんな機会はそうそうない。ダンスミュージックと真摯に向かい合う『ADE』。それもダンス大国:オランダを成立させた1つの理由だろう。
TomorrowlandにSensation 世界屈指のフェスもオランダ発信!
いまや世界屈指のダンスミュージック・フェスティバルとなった『Tomorrowland』。これはオランダの隣国:ベルギーで開催されているものだが、それを手掛けているのはオランダを発祥・拠点とするイベントブランディング&マーケティング・カンパニー:ID&T(2013年にイベントプロモーション会社SFX ENTERTAINMENTが買収)。
彼らは『Tomorrowland』の他にも『Mysteryland』や『Q-Dance』、『Sensation』といった趣向を凝らした様々なフェスを展開しており、まさに世界屈指のフェス仕掛人なのである。
『Tomorrowland』然り、彼らが実施するフェスは、ソーシャルメディアを巧みに使い、なおかつマーケティングも徹底的に敢行。様々なデータ、そして独自のアイディアをもとに、新たなフェスの形、イベントのブランディングを完遂し、そしていまやヨーロッパを飛び越え全世界で展開。グローバルな成功を収めている。
アーティスト・DJだけでなく、一般的には知ることのないシーンの裏の立役者、仕掛人としてもオランダは超一流を生み出しているのだ。
DJランキングは彼らの独壇場!? オランダ勢が上位をジャック!
実際、オランダ発のDJ・アーティストがどれだけスゴいかと言えば、その指標の1つとして英DJ MAG誌のDJランキング(DJ MAG TOP 100 DJs)を見てみると、その上位ほとんどをオランダ勢が独占中。
2002年から3年間はティエスト、そして2007、2008、2009、2010、2012年はアーミン・ヴァン・ブーレン、そして2013、2014年はハードウェルと、なんと21世紀以降王座に輝いたDJはほぼほぼオランダ人なのである(ちなみに、2005、2006年はドイツのポール・ヴァン・ダイク)。
その他にも、今年のランキングではハードウェルの他、アーミン(3位)、マーティン・ギャリックス(4位)、ティエスト(5位)、ニッキー・ロメロ(8位)と上位を総なめ。オランダ旋風が吹き荒れているのである。
国を挙げての式典でDJがパフォーマンス 国王まで愛するダンスミュージック
オランダにダンスミュージックが深く根付いているその証拠の1つに、2013年、ベアトリクス女王が退位しウィレム・アレクサンダー新国王が即位する記念式典において、なんとアーミン・ヴァン・ブーレンがDJとして参加。
当日はオランダの由緒ある楽団:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とともに、式典でパフォーマンスを披露したアーミン。
もちろん爆音ダンスミュージックで式典を盛り上げたのだが、これは新国王&王妃が彼のファンだったことから実現したもので(ちなみに新国王&王妃は彼のギグにも遊びに行っていたという)、国王の即位式という国を挙げて、かつ世界に向けてのイベントで国民だけでなく国王までも熱狂しているのだから驚きだ。
日本で言えば天皇陛下、その即位式にDJが参加……そんなこと絶対に考えられない。
恐るべき一般浸透度 トップDJたちが切手のデザインに
日本ではどんなに有名になっても切手のデザインになるなんて聞いたことがないが、オランダの郵便事業体「ポストNL」ではスターDJたちがデザインされた切手を昨年発売。
これは、オランダでダンスミュージックがいかに浸透しているかを物語るとともに、輸出産業としてダンスミュージック、そしてDJが国益にいかに大きく寄与しているのか実証している。
今回デザインされたのは、アフロジャックにアーミン・ヴァン・ブーレン、ダッシュ・ベルリンにハードウェル、ティエストの5人。日本というより、こんなことが行われるのは地球上を見てもオランダ以外にきっとない。
近日公開予定の後編では、そんなオランダが輩出してきたアーティストとその代表曲に触れつつ、世界的なEDM市場における彼らの勢力図を概観してみたい。