「いかにキャリアを積んでも終わりがない。音楽に答えはない」

そう語るはKEN ISHII。なんとも深い……。
そして、彼がそんな境地に至ることとなった新作「Möbius Strip」。

数えてみれば、前作「SUNRISER」から13年。それこそ13年前と言えば2006年……三菱東京UFJ銀行が発足し、表参道ヒルズが開業、さらには第一次安倍内閣が誕生と、かなり昔のように感じられるが、そんなモラトリアムも軽く払拭してしまうほど濃密な仕上がりだ。

誰が言ったか“テクノゴッド”……言い得て妙な表現だが、今や“神”の旗印も使い古された感。そして、今作を聴いても神というよりはすごくヒューマンで人間味溢れ、もはや人となりまで透けて見える。神の看板を下ろしたKEN ISHII、彼の全てが詰まった「Möbius Strip」とはいかに。

Möbius Strip…“音楽は終わりのない旅”

——まずは……タイトルがまたオシャレっすね、「Möbius Strip」(メビウス・ストリップ)。これってプロレス好きのISHIIさんだけに、プロレス団体(Mobius)から?

「“トンパチ”こと折原昌夫のね、天龍源一郎の付き人だった……って違うから(笑)」

——となると、ISHIIさんがドハマりしてるベルギービールの銘柄「Mobius Beer」?

「違う、違う(笑)。これは制作中に思い浮かんだ言葉で、つまり“音楽は終わりのない旅”ってこと」

——ですよね(笑)。終わりがない……まるで人生ですね。

「人生っていうよりは……やっぱり音楽かな。今回の制作中は本当に学ぶことが多かったんだ。テクニカルの部分は特に。この10年で音の鳴らし方やEQとか絶えず進化しているし、そういったことはいかにキャリアを積んでも終わりがない。音楽に答えはないんだって改めて思ったよ。それと、いろいろなことをやってきたけど、結局は好きなものに戻るってこともね」

——まさにメビウスの輪! いつのまにかスタートラインに戻っていると。

「そう。しかも、終わりがない」

——個人的にはそれもありつつ、このアルバム自体、終わりなく聴けるからなのかな〜なんて思ったんですが。というのも、本当に音色やバリエーションがホント豊富で。

「そこは考えてなかった(笑)。でも、そう思ってくれたら嬉しい。アルバムを作る以上、音楽的なバラエティ……それこそビートのスタイルや音色はいろいろと出したかったし。僕が考えうるアイディアがあったら、それを全部入れ込んでやろうって気持ちはあったから。テイストを1つに絞って突き詰めていくアルバムも素晴らしいと思うけど、今回もしファンが待っていてくれたとしたら、自分の全てが入っていると断言できるものにしたかったからさ」

——ファンは待ってたと思いますよ……13年も。それこそ当時大学生だったら軽くアラサー越え(笑)。

「曲はずっと作り続けていたんだけどね……EPも出してたし、Flare名義ではアルバムも出してた。ただ、KEN ISHII名義に限って言えば、ダンスライクなDJがプレイするための曲が中心になってたけど」

——それはなぜ?

「基本的にはリリースするところがダンスレーベル主体だったっていうことが大きいんだけど、そもそもアルバムに対して懐疑的なときもあったんだ。今、アルバムを出すことにどんな意義があるのか、本当に必要なのかってね。ただ、それでも曲は作り続けていて、アルバムをリリースしたいという気持ちも確かにあって。そんななか、僕の気持ちに共感してくれるレーベルがあり、プロジェクトとしてしっかりとやっていく形も見えた……そうなるまでに13年もかかってしまったんだよね」

進化の反面、音楽の本質的な部分は変わらない…

——やっぱりアルバムというのは、シングルやEPとは全然違う?

「別物だよね。アルバムはアーティスト性やクリエイティビティを提示する必要がある。そして、それは本当に自分がやりたいこと、作りたいものじゃないといけないんだと僕は思う。デビュー以降、根底には常に変わらないものがあって、それをもう一度表現したかったんだ」

——今の時代、誰もが曲を作る、作れるようになったけど、確かにアルバムという形態でリリースすることは少なくなりました。その背景には様々な事情があるでしょうが、こうやってISHIIさんがアルバムを出すことで「後に続け!」みたいな風潮になるといいっすね。

「そうなったら嬉しいよ。ダンスミュージックはみんながみんな必ずしも同じことをする必要はないし、自らのアーティスト性を追求する人がいるべきだと思う。そういう人たちの力になれたらいいね」

——シーン自体も大きく変わったと思いますがどうでしょう? “テクノ”という言葉もより一般的なものになったと思うんですが。

「ポピュラーにはなった。でも、そういう意味では同時にジャンルという後押し、後ろ盾がなくなったとも言えるのかな。そして、その分アーティストが個々でいかに作品性を出して良いものを作るか、あるいはその姿勢に共感を覚えてもらうかが大事で、そういったところにファンが付いてきているのであれば……すごくフェアな世界になったってことだと思う」

——ポピュラーになった背景には、マシンライクで無機質なイメージから有機的なサウンドになったことがあるのかなって。今回のアルバムもすごく有機的でしたけど、それってテクノの進化と言えると思います?

「ソフトウェアやハードウェア、プラグインにしても、すごくできることが増えた。それは進化だと思う。数年前にはできなかったことが今はできるわけだからね。ただ、その反面、音楽の本質的な部分は変わってないと思ってる。僕自身、テクノロジーなどの進化の恩恵を受けながらも根幹にあるものは変わらない」

——その根幹というのは、デトロイトテクノ? 今作からもそのニオイはプンプンしました。

「僕にとってはそうなんだろうね。もちろん今のテクノも好きだけど、自然と出てきてしまうのはその要素だよね。あの実験性やファンキーさ、コード感、ちょっとした捻りとか、そういうものが染み出してきてるんだと思う」

DJとしてはお客を踊らせられなくなったら終わり…

——現行のシーンはハードな方向に進んでいますが、その気配はほとんどなかったっすね。前作「SUNRISER」も薄かったけど、今回はさらに。

「加齢かな(笑)、っていうのは冗談だけど、やっぱり好きなものっていうのが大きいし、あとは人間は日々変化する、それは音楽を作る上でも。制作過程では当然ストレスもあって、イヤなことがあれば、楽しいこともたくさんある。そして、人生の中で何かを積み上げていく喜びのようなものもあって、そこから導き出されるものも確実に昔とは違うんだ。結局のところ理由はよくわからないけど、とにかく今回はハードなものをアルバムに入れたいとは思わなかったんだよね」

——それって、トレンドは関係ないってことにもなりますよね。DJとしては、そこは意識せざるを得ないのかなとも思ったんですが。

「もちろん最低限はあるよ。それに、今のお客さんを踊らせたいという気持ちもある。ただ、みんなと同じことをやってもしょうがない。DJとしてはお客を踊らせられなくなったら終わりだと思うし、僕は踊れて、なおかつ楽しい、そして前後のDJとも違う、そんな領域にいきたいって思ってる」

——ちなみに……今回の収録曲ってクラブとかで試しがけしました?

「ドセムとの“Green Flash”は結構かけたよ。あとはジェフ・ミルズとの“Take No Prisoners”や“Polygraph”も。それ以外は……いわゆるDJトラックじゃないからね。“Polygraph”はかなり早い段階で出来ていて、それこそ去年の『ULTRA JAPAN』でもかけて、結構盛り上がった。ただ、それも何バージョンか前のものだけど」

テクノ界で本当にマジメな人間ベスト3のうちの2人…

——今回、ドセムとGo Hiyamaさんが参加していますが、なんといっても注目はジェフ・ミルズ。デトロイトの超大物とコラボってISHIIさんとしても初では?

「インナー・シティとはやったことがあるけど、それはボーカルを乗せてもらうだけって感じだったから、ガッツリやるのは初めてだね。やっぱり先輩にお願いするのは難しいよ(笑)。ジェフは昔から仲良くさせてもらって、身近な存在ではあるけど常にリスペクトしている人だし」

——そんな人を口説き落としたISHIIさんの話術、人望はガーサスです。

「今回はアルバムのテーマから説明して、ようやく実現したって感じ。彼は制作を進めていく中でも常にコンセプトやタイトルをすごく気にしててさ。実は“Take No Prisoners”も自分の中で考えていたタイトルがあったんだけど、完成後ジェフからタイトルの提案があって変えたんだ。この曲は彼もものすごく気に入ってくれて、お世辞抜きで最高だって言ってくれて。それは素直に嬉しかったけど、だからこそタイトルにも固執したと思う。それぐらいジェフの中でも大きな曲になったんだろうね」

——最近のジェフはテクノとはまた別の方向に進んでいましたけど、この曲は往年のジェフって感じですね。ターンテーブルの魔術師って呼ばれていたころの。

「そうだね。ダンスっぽいトラックだし。逆に、もう1曲の“Quantum Teleportation”は今のスタイルに近い。今と昔と言えるような、全く異なる2つのタイプの曲が彼とできたことは本当に嬉しかった」

——ちなみにISHIIさんにとってジェフってどんな人ですか?

「絶えず作品を出し続け、常にチャレンジしている尊敬すべきアーティストだね。そして、人間性も素晴らしい。そういう意味で言えば、ドセムもまた本当に気持ちいい男でさ……。思うに、ジェフとドセムは僕が知っているテクノシーンのアーティストの中でも本当にマジメな人間ベスト3のうちの2人だね(笑)」

——そんなにいい人なんっすね! ちなみにもう1人は?

「ファブリス・リグ」

——即答!

「昔から仲いいけど、彼もマジメ。しっかりしてる。ハートが良くて、地に足着いた活動をしている人間という意味では、彼ら3人はベスト」

自分というものの確信ができた…気になる次回作は?

——今作は日常生活にもフィットするというか、それがずっと聴き続けられるってことであり、有機的なところでもあると思うんですが。

「特に意識したり、狙ったわけじゃないけど、アルバムとなるとやはりクラブだけでなくリビングとかで聴く局面も多いと思う。そういうところでも馴染む感じがあってもいいかなという思いは頭の片隅にあった。その反動なのかな……今は全曲ハードなアルバムを作ってみたい(笑)」

——すでに次回作の展望が! となると、もう13年も待つことはなさそうっすね。しかもハードというのもまた楽しみ(笑)。

「ないといいね(笑)。ただ、ハードかどうかは抜きにして、今は自分のアーティスト性というか、いろいろな部分でいい感触が掴めているんだ。ビジュアルを含め、自分というものの確信ができた。だから、もう少しサイクルは短くしたいと思ってるよ」

——ビジュアルという意味では、今回のアートワークもまたオシャレで、内容ともベストマッチ! このジャケットは写真ですか?

「いや、イラスト。たまたま知り合ったハンガリーのイラストレーターの作品」

——これイラストなんっすか!

「そう、手書き+CG。もともとこれに近い構図の作品があって、そこに僕を当てはめてもらったんだ。彼はたまたまネットで知り合って、まだ会ったこともないんだよね(笑)」

——さすがネット時代……。

「何年か前に、ハンガリーのとある街に巨大なグラフィティがあって、そこに僕の顔と“EXTRA”って描かれていたのを何かの記事で見てさ」

——本人の許諾なしで?

「なし、全然知らなかったし(笑)。ただ、すごくいい作品で、そのことをネットで書いたら、本人から『実はKEN ISHIIと“EXTRA”にすごく影響を受けて、今の自分がある』って連絡が来たんだ。そして、そこには他の作品もあって、どれもスゴくカッコ良くて。それで今回お願いした。そしたら、『人生の夢が叶った!』みたいなメッセージをくれたよ」

KEN ISHIIはクラブトラックがあまり得意ではない!?

——いや、かなりカッコいいっす。この浮遊感といい……ちなみに、こういったビジュアルからインスパイアされることってあります?

「あるよ。それこそ生活の中で感じることもあるし、名前も知らないアーティストの音楽に触発されることもある。ただ、音楽というよりは、音かな。音色だったり、音の処理とか」

——メロディとかじゃない?

「メロディから何かを感じることもあるけど、テクノに関しては音かな。気になるとすぐに波形を見たり、数値を調べたりしてる。でも、それは昔から、10代からやってること。当時で言えば、YMOとかクラフトワークとか……それこそ“RYDEEN”なんてシーケンスに分けて聴いて、どう変化しているかメモったり、中学生のころからそんな感じだった」

——ヤバい中学生っすね。

「かもね、でもこれ実話(笑)。そして、それは変わらないし、その延長線上に今があるんだと思う」

——昔から変わらないんっすね。

「やっぱり根幹だったり、習性っていうものはいつになっても変わらない。ただ、それが今どんなフェーズにあるのかが重要で、その今が今回のアルバムなんだと思う。僕の中にはハードのようなものを好む部分、いわば両極があることが自分の幅であることは間違いないけど、それは本来のフェーズではないとも思ってる。もともとクラブトラックって僕は得意じゃないのかなって思うよ」

——それって“EXTRA”のころも?

「本来、僕はクラブトラックじゃない作品で世に出たからね。それに、“EXTRA”は今聴くと全然ダメ。音の処理とかヤバイよね」

——それは当時、機材やテクニカルの部分が限界だったのではなく?

「それもあるけど、リリースした1995年にも音の処理がうまい人はたくさんいた。それこそアダム・ベイヤーなんてスゴいよ。そういったことを鑑みると……やっぱりクラブトラックのセンスはあまりないのかなって思う」

——ISHIIさんのクラブトラックも好きだし、今後も聴きたいっすけどね……。

「ありがとう。でも、作らないわけじゃない、ハードなものがあまり得意じゃないだけ。間違いなく今後もいろいろと曲は作り続けていくよ。僕はテクノがなかったら音楽をやってなかった……この音楽が生まれ、僕の前に突然現れ、これだったら僕でもできると思って作り始めた。そして今、改めて終わりがないと気付いたし。僕の旅はまだまだこれからだよ」

KEN ISHII
「Möbius Strip」

U/M/A/A
http://www.umaa.net/what/mobius_strip.html