ダブステップやUKファンキー、2ステップ、グライムなどを生んだUKベース・ミュージックの血脈は、00年代を経て、数多くの刺激的なビートの狂宴を繰り返し、いまなお新しいジャンルを産み続けている。いまでは当然のように定着してきたポスト・ダブステップやブロウ・ステップのように。
これから紹介するサブトラクトのセカンド・アルバム「Wonder Where We Land」も、これまでに類をみない斬新な響きを醸し出している。誤解を恐れずに言うのなら、ポスト・ダブステップ以降の新しいサウンドのようだ。
そもそもSBTRKT(サブトラクト)という名義には、“引き算”という意味があり「自分の作り出す音楽から、自分という存在を取り除きたかった」という彼の意図がある。それは、作者の外見や生い立ちなどは音楽とは関係ないという、彼なりのアイデンティティであり、だからこそライヴやメディアに露出するときは必ず仮面をかぶり、決して姿を明かさないと言う匿名性を徹底している。
そんな彼が、2011年に発表したファースト・アルバム「SBTRKT」は、ポスト・ダブステップと括ってしまうといかにもで、R&Bやクラブ・ジャズ、そしてワールドミュージックまでを包括した革新的なサウンドにソウルフルなヴォーカルを乗せる事で、ポップシーンへのアプローチにも成功。結果、アンダーグラウンドとオーバーグラウンドの双方から世界的な評価を獲得した。
前作がそれだけの高評価を受けたのだから、もちろん音楽家としてのポテンシャルが認知され、彼を取り巻く環境も大きく変化した。そうした中で彼の音に惹きつけられて集ったミュージシャンが今作「Wonder Where We Land」には詰め込まれている気がする。
例えば、ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグをフィーチャーした“NEW DORP. NEW YORK”では、生音のベースとシンセベースの巧妙な掛け合いがアーバンな肌触りの新しいトリップホップを創出し、サンファをフィーチャーした“If It Happens”なんて、思いがけず救いようの無い出来事が起きたとしても、たったの1分半で正しい答えにそっと導いてくれそうなポジティヴなメッセージを放っている。
Denai Mooreが歌う“The Light”も、そのタイトルから取れるように、オプティミズムな輝きを放っている。一方で、前作に通じるUKベース・ミュージック直系の変則リズムとジェシー・ウェアの甘い歌声が絡み合う官能的なR&Bを展開する“Problem Solved”などもあり、その音楽性を拡張、更新しているのだ。
このアルバムを聴くに当たって、可能であれば多少のセッティングが出来ると、よりその機能を発揮しそうな気がしている。
それは調光のきく広すぎない部屋と高解像度のスピーカー、もしくはヘッドホン。そして適度な音量。「この手の音楽は爆音でしょう」と言う意見も多いかもしれないが、音量、特に低音に頼らない楽曲の魅力が今作にはあるからだ。コンプレッション(圧縮)されたダンス・ミュージックも少しずつ変化を見せ、大音量はもちろん、適音でいかに美しくシステムを鳴らすか、そう言ったトレンドもしっかり押さえている。また、前作より圧倒的に音数を厳選しており、その選ばれた一つ一つの音への自信がサウンドから清々しく伺える。
エイサップがラップを乗せた“Voices In My Head”や“Higher”など、適度なグリッチ感と時に感じる遊び心、また前作では、強調されていなかった要素のアングリット(整頓された縦軸をはみ出すこと)をスパイスする美学、そこに作曲の面白みを見いだしている気がしてならない。今回のフィーチャリング・ヴォーカルの多さからも伺えるように、その際たる例が歌で、プログラムミングした楽曲にヴォーカルが乗ることによって生まれる化学反応を作りながら本人が楽しんでいるのが目に浮かぶ。
あくまでも主観的感想だが、ビートの組み方や手法は違えど、どこかマッシブアタックやポーティスヘッドを聴いたときのあの不思議な感覚のフラッシュバックがあって、それは懐かくも新しいトリップホップの2度目の衝撃とでも言うべき感覚。
アルバム全体を通して、ダークな質感を感じさせながら陰鬱さは無く、希望とも言える一筋の光が、美しく灯っているようだ。内向的になりすぎず、耳触り良く、癖になるサウンド。ポップとドープの鮮やかなる結合。これは消費され続けて音楽自体の単価が下がり続けている昨今、インスタントな作品をただ出す(out put)のではなく一枚ずつ未開の地を開拓するようにそっと置いて(put)いく、アーティストが目指す理想のアルバムの形なのではなかろうか。