2022年、Oyubiとの共作“Earnin It”で頭角を表し、2024年リリースの処女作「b1 b2」でその才能は完全に開花。ドラムンベースからダブステップ、テクノ、はてはジュークまで、様々な音楽性を内包しながら時代の潮流に寄り添う画一的な思考に終始することなく、スタンダードをギリギリ交わして唯一無二の色を刻み込んでいく……そのニヒルでマッドで紙一重なサウンドが海外で大絶賛!
その結果、2024年のMixmagの“Best Producer of 2024”に選出され、一躍グローバルな注目を集めた若き俊英Fetusにインタビュー!
世界的メディアをも唸らせたその類い稀なる音楽性が育まれた経緯、そしてその楽曲の背後にあるものとは……今回も3回に渡って彼の音楽的アイデンティティに迫る。
まず#1では“原体験”。渋谷WOMB、Daft Punk“One More Time”と同い年の弱冠25歳、まさにZ世代ど真ん中。EDM成熟期に思春期を迎えた彼のルーツにフィーチャー。すると、サンクラやNEST HQなどいかにもなワードに加え、SEKITOVAやOyubiといった今のFetusを形成する上で重要なキーパーソンが挙がりつつ、さらには意外な言葉も……今回もまた、彼のことをよく知るTREKKIE TRAXのSeimeiをアドバイザーに迎えてたっぷりと話を伺った。
◆サンクラ〜NEST HQ経由でアーティストヘ…
――今、何歳ですか?
Fetus:2000年生まれ、25歳です。
――2000年というと渋谷WOMBがオープンして、Daft Punkの“One More Time”がリリースされた年ですね……“One More Time”とか昔の音楽は聴きますか?
Fetus:あまり聴かないかもしれないですね。自分は音楽家庭に生まれたわけでもなければ、(小さい頃)周りに(ダンスミュージックを)聴いてる人もいなかったので。中学、高校になってサンクラ(SoundCloud)を聴くようになって、そうなるとどうしてもEDM寄りになるというか……。
――中・高校生となると2010年代半ば、EDMもかなり浸透していましたね。
Fetus:(地元・大阪は)CDやレコードの流通があまりなくて、(音楽の)情報はサンクラが一番近かったんですよ。しかも、(サンクラだと)家で完結するし。
――サンクラにあった音源をひたすら聴いていた?
Fetus:(好きな)レーベルをフォローして、Discogsとかも調べんととりあえず全部聴くみたいな。あとはPremiereとかNEST HQとかを聴いて、そこでTREKKIE(TRAX)を知ったり。なので、いわゆる日本で一般的に流通してる音楽を聴いていたわけじゃなくて。
――(音楽は)完全にオンラインが軸だったんですね。
Fetus:そうですね。そこで同世代のトラックメーカーとかとも出会って……。
◆高校生にしてDTM開始〜SEKITOVAとの邂逅
――それは音楽を作り始めてから?
Fetus:僕は高一からDTMを始めたんですけど、当時はキックとかスネアとかハイハットとかなんもわけわからず、「まずは何すればいい?」みたいな状態で。とりあえず1曲完成させたものをSEKITOVAくんに送ったんですよ。「大阪といえばSEKITOVAだろ」みたいな感じで。
そしたらSEKITOVAくんが反応をくれて。高二の時にSEKITOVAくんがみんなで部屋を借りて集まろうっていうのに誘ってくれて、そこにはin the blue shirtくんとかDJ BATSUくん、パソコン音楽クラブの西山くん、ゆnovationさん、あとは同世代のsanmalくんとMecanika、Sober Bear とかもいて。
――コミュニティみたいなものがあったと。
Fetus:そうですね。それまでは自分がやってる音楽と近い人が周りにいなくて「どうしよう……」みたいに思いながら作ってたんですけど、そこで初めて(同じことをしている)現場の人に出会って。すでにみんな結構活躍してたんですけど、僕をどうこうするわけでもなく自由な感じでダラダラやってて、19歳ぐらいの時にOyubiくんに会って「コイツや!」思って。
当時、eartobrainっていうビートのコレクティブ、レーベルがあって、僕はそこから2曲ぐらい出してて、Forestlimit(幡ヶ谷)でSubmerse呼んでパーティやるから来てくれって主催のIX/ON、tyoに言われて行ったんですよ。そしたらそこにOyubiくんもいて。Oyubiくんもちょうど曲を作り始めた頃で、最初は「ヘンなヤツやな、おもろいな」みたいな。
Seimei:FetusくんとOyubiくんは年齢的には1つ違いで、2人とも(ダンスミュージックとの出会いが)Skrillexから始まってたり、いろいろと共通点があったんだよね。
Fetus:当時、僕の周りでジュークとかゲットーテックとか、カルチャー的な感じで(音楽を)やってる人間がいなかったんですよ。Oyubiくんはめっちゃ音楽詳しいし「なんでコイツそんな詳しいんや!?」って思って、その半年後ぐらいに大阪のSTOMPでOyubiくんがDJするってなって遊びに行ったらめっちゃよかったんです。
それに話してみたら曲の作り方も自分と全然違ってて、テクはないのにめっちゃかっこいい曲ができてるみたいな。それで一緒に曲作ろうって誘って、それが形になったのが“Earnin It”。
これ(完成まで)めっちゃ時間かかったんですよ。お互いの作り方が全然違うから。でも、ここから自分の中でベースの解釈が広がったんですよね。それでOyubiくんとかMecanika、Sober Bearが仲良かったFellsiusとも自然と仲良くなってTREKKIE TRAXとも繋がって。
Seimei:その頃もう海外のレーベルから曲を出してたんだよね。香港のレーベルとかから。
――どういうきっかけで海外のレーベルから曲を出すようになったんですか?
Fetus:僕は普通にメールでデモを送ってました。気になったレーベルとか自分が曲を買ってるレーベルに。
――SEKITOVAくんに曲を送ったり、意外と積極的ですね。
Fetus:わりとそうかもしれないですね。
――でも、そもそもSEKITOVAくんはジャンルが違いますよね?
Fetus:違うんですけど、とりあえず送ろうみたいな(笑)。SEKITOVAくんめっちゃすごかったし。僕の場合、ラクな環境下にいるとダラけちゃうので、活躍している人のところにいくと引っ張られて頑張れるかなと思って。
あと、一時期フューチャーベース周りにいて、なんかめっちゃ苦しかったんですよ。みんなギャラをもらって曲を作ったりしてるのに、自分はもらってないとか。そういうところから積極性がでてきたのかもしれない。(デモを)海外に送って、評価されてみたいなことが結構続いたので。
あとは僕、もともとドラムンベースが好きだったんですけど、大阪にいた時はドラムンベースのパーティにそんなお客さんが入ってなくて「どうにかしなきゃ自分変わらんな」って思ってたんですよ。
◆ダンスミュージックを始めた理由は「ひとりで…」
――原点はドラムンベースなんですよね。
Fetus:最初はドラムンでしたね。
――そもそも小学生の頃とかダンスミュージック聴いてました?
Fetus:聴いてないですけど、ダンスはしてました。ハウスの。でも、(ダンスミュージックを)いいなと思って聴いてはなかったですね。どっちかっていうと教材みたいな感じ。むしろバンドにハマってて、そこからドラムン、「(BPMが)速い曲いい!」みたいな。
――でも、ドラムンベースはダンスには向いてないですよね。
Fetus:ドラムンは踊るとかじゃなかったんですよ。“走れる!”みたいな感覚(笑)。学生のノリというか、厨二感で「これはヤバい」みたいな(笑)。
――Skrillexも聴いていたんですよね。
Fetus:聴いてましたけど、結局Skrillexもドラムンっぽい曲が一番好きですね。僕は中学生の時にラウドロックにハマって、そこから激しいのがいいなって思って。
Seimei:メタルっぽいのも好きだよね。
Fetus:そうっすね。Toolとか好きです。
――なぜバンドの方にはいかなかったんですか?
Fetus:ひとりでやりたいからですね。ダンスも最初はチームでやってたんですけど、最終的に(チームは)なくなる。本気でやっててもひとり欠けたらできなくなる辛さがあって、それがイヤでひとりで完結できる方がいいって思って。その方が自分が頑張った分だけ何かが得られるし。バンドに憧れはあるんですけど、リスナーでいいやっていう気持ちがあります。
あと、僕(の曲)はストイックに思われることが多いんですけど、自分では全然そう思わなくて、ストイックな曲しかできなかっただけ。Skrillexにハマってた時はSkrillexみたいな曲を作りたくなるけど全然できなくて、たまたまできたのがバリストイックなドラムンで。
――でも、直球ドラムンベースってわけではないですよね。
Fetus:僕は昔(の音楽)を掘ることはあんまなくて、ドラムンもちゃんと聴いてたのはSkrillexとMonstercatぐらい。そこからUKFにあがっているものを聴くようになって、そうなるとHospital Recordsとかリキッドファンクに繋がって「ドラムンってなんでもあるぞ!」みたいな。バリエモなのもあるし、ようわからんのもあるし、IDMみたいなのもあるし。
それで自分が落ち着いたのがEXITと、Alix Perezっていうディープ系のドラムンとIvy Labのハーフタイムみたいなやつで、いまだにその軸が自分の中にあると思ってます。僕は「パーティや!」みたいな感じより、多分エモがりたいんですよ。昔、客があんまりいない状態でパーティ感がある曲がかかってる現場を見てきちゃったから。EXITみたいなエクスペリメタルでテクノっぽい方がみんな没入してて、そっちの方がパーティとして楽しかったんですよね。
CIRCUS OSAKAにMakotoさんとSub Focusが来て、バリ客もいてバカ楽しかったことがあったんですけど、そういうのをずっと見てきてたら今とは違ってたかもしれないですね。そっちの方にいってたかもしれない。
あとはSEKITOVAくんのパーティに行くことが多かったり、京都のMETROでokadadaさんとかOriönさんとかを見て「全然かっこいい音楽いっぱいあるぞ!」みたいに思ったり。EXITもいろんなジャンルの曲を混ぜたりしてて、ただドラムンをやるんじゃなく、その方が自然なんだろうなって思ったし、自分にしかできないことができるだろうなと思ってそっちの道を選びました。
#2に続く……
Fetus(フィータス)
2000年生まれ、大阪府出身。2022年にリリースしたOyubiとの共作“Earnin It”で注目を集め、Ben UFOやNoisia、London Elektricity、SHERELLEらジャンルを超えて多くのアーティストのサポートを受ける。これまでベルリンのHERRENSAUNAやフランスのWajang、そしてTREKKIE TRAX国内外のレーベルから作品をリリース。2024年にはドラムンベースを軸にジューク/フットワークやテクノ、ダブステップなど幅広いジャンルに展開するファーストアルバム「b1 b2」を発表。世界各国で高く評価され、A.G.COOKらと並び「Mixmag’s Best Producer of 2024」に選出。2023年からは盟友OyubiとともにレーベルTuringを主宰。2025年には韓国・ソウルの名門クラブCakeshopで海外初公演を果たす。なお、Fetusとはラテン語で“胎児”を意味し、自身の音楽が特定のダンスミュージックのジャンルと紐づかないよう、何にも染まっていないことを表現すべくつけられた。
