ふたつの類い稀なる才能が重なるとき、それは倍以上の効果と驚きを与える。
それを見事に実証したのがUKが誇るダブの重鎮エイドリアン・シャーウッドとダブステップ〜ベースシーンの旗手ピンチ。
さもすれば親子ほどの年齢差があるふたりだが、彼らシャーウッド&ピンチの処女作「Late Night Endless」はシーンに大きな一石を投じた。
それから2年、ふたりは新作「Man Vs.Sofa」を携え、再びシーンに現れる。
今回、約3年ぶりに来日を果たしたふたりにFLOORではインタビューを敢行。彼らの果てしなき進化の行方、そして待望の新作に隠された秘密に迫る。
より濃密な時間を過ごし、ふたりはさらなる高みに……
——今作は前作に比べてエネルギッシュでありつつも美しさが垣間見えます。このサウンドの変化はなぜ起きたのでしょうか?
シャーウッド(以下S) 一番の要因は(ピンチと)長い時間一緒に作業してきたからさ。前作はもっとダブステップの要素が多かったけど、今回はお互いが何かを持ち寄るのではなく、ふたりで一緒に作るというスタイルで制作したんだ。だから、僕らの雰囲気がすごく出ていると思う。
よりサイケデリックに、より広がりを持った仕上がりになったね。
——“広がりを持った”と言いますが、以前よりもむしろジャンルを絞った印象も受けましたが……。
S 今回は別々の場所で作業し各自何かをもたらしたというより、同じ空間内にふたりの要素が散らばっている、そんな感じなんだ。だからこそひとつの雰囲気ができた。アプローチに関しても、よりお互いにリスペクトしあい、作品の中には共通点も落とし込んだ。それがこの雰囲気の要因だと思う。
——シャーウッド&ピンチのサウンドをより明確に提示できた?
S 今の僕らは科学的に自分たちを理解しているから、マジックを見出すことができるんだ。お互いの間にケミストリーを感じるし、それだけに計算で化学反応を生みながら音楽を作れるようになったんだ。
——ふたりはそれぞれ相手にどんなことを求めているんですか?
ピンチ(以下P) 僕がエイドリアンに求めるものは、彼が長年活動してきた中で積み重ねられた音楽知識やスキル、センス……全てだよ。数多くの作品を作り、それらを通して様々な世界観を持っているから、自分とは違う角度から音楽を見ることができるんだ。
ひとつのサウンドがどう音楽に作用するのか自分よりも理解しているし、その知性を活かして僕をよりよい方向へと導いてくれる。その結果、自分だけではできない世界観をもたらしてくれるのさ。
S ピンチはアーティストとしてもプロデューサーとしても有能だ。彼が作り出すグルーヴは素晴らしく、それこそがいい曲を作り続けてきている証明さ。
それに、出会ってから長い時間を過ごし、お互い分かり合うことができたから、自分が次に何をするのか理解できる。彼に期待するのは、僕が次に何をするか想定した上で、より高いアプローチやアイディアを持ってくること。それを求めてる。
——ともに音楽的な個性も強いだけに、意見が違った場合にはケンカなどになったりしないんですか?
S ふたりともオープンマインドなんだ。なんでも受け入れるから、意見が衝突することはないね。むしろ、いろいろなものをより追求したい。
今回、本当は他にもいいトラックがあったんだけど、テイストが合わずアルバムには入れなかった曲がある。ふたりで作ると本当に素晴らしい作品ができるんだ。
P よいコラボレーションはお互い妥協する必要がないと思うね。それぞれが好きなものをいかに見つけ、妥協せず、ふたりが好きな音色を見つけ合うんだ。
巨匠自ら誇る、完璧な1曲、そして驚きのカバー曲の由縁
——今作のなかで、3曲目の“Midnight Mindset”はまさにシャーウッド&ピンチというような楽曲だと思いました。この曲を制作する上でこだわったところは?
S どのトラックも同じだけど、この曲は特にピンチが作り出すリズムのグルーヴがキラーで最高だね。その上に、僕は妖しくミステリアスな雰囲気のメロディを乗せたんだ。
——音像もすごく立体的に感じましたが、それはどうやって?
S EQスィープだね。60年ぐらい前の機材をずっと探していて、やっと見つけたんだよ。そこにディレイなどダブ処理を重ね、あの立体的なサウンドができたんだ。
——5曲目の“unlearn”はテクノ的なアプローチを感じましたが、これはダンスフロアを意識してのもの?
S これは本当に誇りに思っている曲さ。Basic Channelから影響を受けたんだけど、彼らはダブテクノ。でも、この曲はテクノダブだ。強調する部分を変えている。
——“テクノダブ”とは具体的にどんな音なんですか?
P エイドリアンから自然と出ているサウンドだね。パンクのアティチュードからダブを作るのが彼なんだ。
S “unlearn”はここ数年自分が作った中でもパーフェクトなアンセムだと思ってる。誰かがこの曲をコピーしようとしてもできないと思うよ。サウンドシステムの中で聴いたらあらゆるところから音の粒子や残像が感じられるはずさ。
——個人的にはクロアチアの『Outlook Festival』の会場である軍事要塞のフォート・プンタ・クリストで聴いたらとてもフィットして、トリップさせてくれると思いました。ふたりはどんなロケーションでプレイしたらハマると思います?
P 面白い質問だね(笑)。『Outlook Festival』は6回ぐらいプレイしたけど、確かにあそこで鳴らしたらスペシャルだろうね。
あとはベルリンのBerghainとかインダストリアルな場所もハマるはずさ。Berghainのようなところにプラネタリウムがあったら、なおいいだろうね(笑)。
S 僕らのトラックの中でも最もディープで、音のジャーニーに誘う曲。そして、聴くたびに印象が変わる、サイコロジカルな曲だとも思うね。
——“ジャーニー”という言葉が出ましたが、以前シャーウッドさんは音楽で旅をさせるには曲順が重要だと言っていました。今作「Man vs Sofa」はどんなストーリーをイメージしましたか?
S ストーリーというよりは、流れを作り出すことを意識してる。たとえば、折りたたんでいるものが徐々に広がっていくような。そういった雰囲気や流れをどう作り出すか、ピンチは今回30時間以上もかけて曲順を決めていたよ。
P 流れを正しく判断するためには曲と距離を保つ必要があるし、反対に曲間のスペースを考えるときはひたすら聴き続けなければならないんだ。この作業を繰り返していくうちに曲への理解が深まり、最良の流れを探る。それだけ時間が必要だってことだね。
——日本人にとっては、今作に収録された坂本龍一の戦場のメリークリスマスのカバー“Merry Christmas, Mr. Lawrence”は驚きであり、大きな喜びでもありました。
S 台無しにしてない?
——ものすごくかっこよくて、ベッドルームで大活躍中です。
S 君、いいね(笑)。僕は坂本龍一やYMOのファンなのはもちろん、それ以上にあのメロディのファンだったんだ。だからカバーしたいと思った。この曲は制作に3年ぐらいかかってる。
P これはエイドリアンのアイディアで、僕は原曲のメロディは知っていたけどバックグラウンドは知らなかったんだ。制作をすることになりその歴史を学び、そのうえでアレンジを複数考え、ボーカルを入れたり、リズムパターンもいくつも変えたり、いろいろと試した結果、最終的にこのバージョンになった。
実はファーストアルバムのときにできていたんだけど、当時は僕らが納得できるものじゃなかったから入れなかったんだ。
S プロダクションに関しても、この曲はアルバムの中で一番複雑な作りをしているね。
デジタル時代における善と悪、アーティストが歩むべき道とは
——ちょっと気になったのが、10曲目の“Retribution”。このタイトルの意味するところは“怒り”や“報復”。何かそう思うことがあったんですか?たとえば政治や音楽業界に対してとか……。
P それは聴く人によって変わるだろうね。僕が特定の事柄や人物に怒っているのではなく、そういう感情をスリリングなビートやグルーヴで表現した曲なんだ。君がそう感じたなら成功だよ。
——前作のインタビューでシャーウッドさんは“デジタル時代になって、音楽は使い捨てになってきてしまっている”と言っていたので……。
S 僕が言っているのは……たとえば、昨日東京のレゲエレコードショップに行ったんだけど、そこの店員がかなり音楽の知識があってトークが楽しかった。そういう環境は今は減ってきたよね。昔はみんな自分の足でレコードショップに行き、自分で音楽を探していた。ショップで話をして、情報を集めたりしてね。
デジタル時代になって音楽が使い捨てになったというのは、音楽を掘ったり、調べたり、そういう努力をしないでネットで聴いておしまい、みたいな向き合い方や行為を言っているんだ。アーティストも量をこなすという形式的なリリースが増えてきてる。
でも、嘆いているわけじゃなくて、そんな中でもハートやソウルがある音楽はたくさん生まれているし、そういうアプローチで曲を作っているアーティストもたくさんいるってことさ。
——なるほど。では、こんな時代だからこそアーティストはどのような音楽を発信していくべきだと思いますか?
P 自分の音楽を追求するなかで明確なビジョンや経験からくるストレートなものを発信するべきだと思うよ。簡単ではないけれど、そういう作品を作り続けていくことが大事だよ。
——最後に、これは多くのファンが望んでいることだと思いますが、三作目はあるんでしょうか?
P 僕はまだこのアルバムを作ってる感覚だよ(笑)。これからライヴでどう表現するか、そのアプローチをたくさん作らなければいけないからね。
S 僕らは本当に素晴らしいチームだと思うけど、今後はシャーウッド&ピンチ vs ○○○、シャーウッド&ピンチ meets ○○○とか、他のアーティストを迎えたコラボにも興味を持ってる。3枚目のアルバムは3年後になるかもしれないけど、待っていてくれたら新しい驚きを届けるよ。
Photo by Marc Sethi
Interview by Naoki Serizawa
Sherwood & Pinch
「Man Vs. Sofa」
On-U / Techtonic / Beat Records

シャーウッド&ピンチ
UKのダンスミュージックシーンに惨然と輝く名門レーベルON-U SOUNDの総帥エイドリアン・シャーウッドとブリストルの最重要レーベルのひとつTectonicとベース&テクノシーンを開拓する気鋭レーベルCOLDを主宰するピンチによるコラボプロジェクト。2015年にファーストアルバム「Late Night Endless」を発表し、このたび2年振りとなる新作「Man Vs. Sofa」をリリース。