世界の音楽賞の最高峰、第59回グラミー賞で最優秀リミックス・レコーディング賞を受賞。一躍スターダムへと駆け上がったRACの新作「EGO」に込められた思いとは……。

——まずは、グラミー賞受賞が決まった瞬間はどんな気持ちでした?

とにかく非現実的で、変な感じでありながらいい気分もして、それでいてクールで……全てが入り交じったような感覚だったよ。しかも、僕の直前がデヴィッド・ボウイが初めてグラミーを受賞した瞬間でもあってさ。すごく緊張していたときに、突然まわりが叫び出したと思ったら、スクリーンには僕の名前が出ていて。思わず二度見してしまったよ(笑)。

あと、ポルトガル人としては僕が初のグラミー賞受賞者らしくて、翌日は朝からニュースになっていて電話が鳴り止まなかったね。

——昨年に続き二度目のノミネートだっただけに、実はちょっと自信がありました?

確率的に1/5だから可能性はあるかなって思ってたね(笑)。ちょっとした期待はあったけど、確信はなかったよ。

——受賞後にはどんな変化がありました?

それはたくさんあったよ。多くの扉が開かれたんだ。それこそ今までコラボできなかったアーティストと一緒に作品が作れるようになったり。これからもっと変化があるかもしれないね。

——これまで200曲以上のリミックスを手掛けていますが、あなたがリミックスの際に重要視していることは?

どの曲にもその曲を高めるエッセンスがある。言い換えればコアとなるものだね。僕はそこには一切タッチしないんだ。それを維持したまま面白いものにしていくようにしてる。それはペインティングみたいなもので、中心にあるものが素晴らしければ、その背景は自由にいじってもその作品の素晴らしさは変わらないのと同じだね。

——それはオリジナルを作るときも同じ?

ちょっと違うかな。自分で音楽を作るときはコアは最初ないからね。それを自ら作らなければいけないから意識することは変わってくる。そのときに重要なのは、いかに自分に正直でいられるか。たとえ他人とコラボするにしても、自分に対して嘘偽りなく表現することが大切だと思うよ。。

——となると、新作「EGO」はそのタイトル通り自分そのものということ?

そうだね。“EGO”という言葉にはネガティブな意味もあるけど、捉え方次第でいろいろな意味があると思うんだ。自分のこれまでの経験をふまえた上で何が表現したいのかを改めて考え、それをやり遂げたのが今作。それをどう受け取るかは聴く人次第だけど、僕は常にそういう作品を作りたいと思ってる。

今回のタイトルに関して言えば見た目も好きなんだ。E、G、Oという三文字の並びがね(笑)。

——今作はリミックスで評価を高める中で、“俺はあくまでプロデューサーだぞ!”という意思表示でもあったのかなと。

もちろんその意識もあったよ。それがエゴだと思うし。あとは、アーティストの中には完璧な楽曲じゃなくてもリリースしてしまう人がいるけど、今回は自分が本当に好きなものだけを詰め込んだっていう意味も含まれているんだ。

——アルバム1枚を通してバリエーションに富みながらもまとまりがあります。どんなことを考えながら制作していたんですか?

音楽は感情の言語だと思うんだ。たとえ言葉の壁があったとしても音楽はそれを超え、共通した何かを感じられる。

このアルバムもそう。感情のコレクションになっていて、聴く人を様々な感情に誘うんだ。アルバムを聴く60分間、ハッピーになったり、悲しい感情になったり、その他いろいろな感情が味わえると思う。それこそが音楽の価値であり、僕がやりたかったことなんだ。

——すごくポップである反面、今作はその分ダンスミュージックのエッセンスも光っています。最近のダンスミュージックからはどんな刺激を受けていますか?

最近ではダンスミュージック=エレクトロと考える人が多いけど、僕にとってはリズムがベースになった音楽で、それをいろいろな楽器で表現していくのが自分なりのダンスミュージックなんだ。

そして、今作に限らず僕は昔からそのテのサウンドに影響を受けている。最近ではトッド・テリエやリンドストローム、過去にはダフト・パンクやケミカル・ブラザーズとかね。僕がダンスミュージックを愛する大きな理由は、何も考えずにのれることができること。そういった部分は僕も表現したいと思ってる。

——RACという名前は変えないんですか?もともとはプロジェクト名ですが。

それは僕も考えたことがあるよ(笑)。当初は当然意味を持った名前だったけど、オリジナルを作り始めたときにはどうしようか悩んだね。でも、活動していく中で名前なんてただの呼び名だって思ったし、RACという意味自体も変わっていったんだ。だから、今は変えようとは思ってないね。

——心からリミックスが好きなのかなと思ってました。

もちろん好きだよ。でも、オリジナルを作ることも同じくらい好きだけど。今はソロとして楽曲を作り、リミックスをして、DJやバンドもやっている。結局“コレクティブ”なんだ。本来の意味とはちょっと違うかもしれないけど、RACは様々なものが絡み合った“共同体”なんだ。

——最後にこれまでで一番印象に残っているリミックスを教えてください。

ボブ・マーリーの“Could You Be Loved”だね。ある日彼のファミリーから“リミックスをやってみないか?”ってメールが来たんだ。そのときはすぐに返事をしたよ。そしたらこの曲のファイルが送られてきたんだけど、それは本来火事で失われてしまった、世の中に出ていないバージョンだったんだ。

なんでも、ボブ・マーリー自身どうしようか迷っていたトラックだったらしくて、それを自分が再構築するなんて信じられなかった。彼とのギャップを埋めるのは本当に大変だったよ。それはもはやリミックスと呼べるものではないかもしれないけど、素晴らしい経験だったね。

RAC_Digital_Packshot
『EGO』
RAC

Counter Records / Beat Records

RAC
アール・エー・シー
2012年からオリジナルの作品をリリースし、2014年にはデビューアルバム「Strangers」を発表。リミキサーとしても活躍し、手掛けた楽曲数は200曲以上。今年は第59回グラミー賞においてボブ・モージズ“Tearing Me Up”のリミックスで最優秀リミックス・レコーディング賞を受賞。今最も注目を集めるアーティストのひとり。