ハドソン・モホーク、そしてワンオートリックス・ポイント・ネヴァーという2つの才能をプロデューサーに迎え、このたび最新アルバム「HOPELESSNESS」をリリースしたアノーニ。
かつてアントニー・ヘガティと名乗っていたアノーニはトランスジェンダーとして生を受け、自身がボーカルを務めるバンド:アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズの活動で英国が誇る音楽賞マーキュリープライズを受賞。
そして今年初となる、アノーニ名義の作品集「HOPELESSNESS」をリリース。そんな謎多き彼女の肖像について、4つのキーワードをもとに探っていく。
1|アントニー・ヘガティ
アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズのボーカリストにして中核、そしてアノーニのもうひとつの姿、それがアントニー・ヘガティ。
生まれながらにトランスジェンダーだった彼女の、言うなれば前身、男性人格である。
そんなアントニーの歌声は、性別も年齢も国籍さえも感じさせない独特な魅力を備えており、かのルー・リード曰く
“初めて彼(アントニー)の歌声を聴いたとき、私は自分が天使の前にいるのだとわかった”
と評している。
世間からも“天使の歌声”と言われる一方で、その音楽性は退廃した雰囲気を併せ持ち、後述するトランスジェンダー同様、その二律背反したポテンシャルが彼の個性を際立たせていた。
そして、そのどこかアンタッチャブルな魅力は、アノーニとなることでさらなる領域へと進むことに。
進化というわけではなく、それまで抑えられていたもの全てが解き放たれたかのような、エネルギーに満ちあふれた存在になるのである。
しかし、今のアノーニがあるのはアントニー・ヘガティがいたからこそ。
彼がいなければ、彼女はいない。アントニー・ヘガティとアノーニは、まさに表裏一体の関係なのだ。
2|トランスジェンダー
それは、心と身体の性別に差がある人のこと。双方が一致しない状態を意味している。
アノーニは生まれながらのトランスジェンダーであることを公言し、そうであるからこそアーティストとなることができた(トランスジェンダーとしての経験がアーティストへと導いた)と話している。
しかし、トランスジェンダーなアーティストは彼女だけではなく、古くから多くの傑物を輩出している。
なかでも有名なのはアノーニも憧れていたカルチャー・クラブのボーイ・ジョージ。
中世的な魅力漂う彼のスタイルは多くのフォロワーを生み出し、今なお崇拝されている。
そして、音楽界以外にも芸能やアート、ファッション、スポーツ、さらには政界や経済界にも見ることができ、トランスジェンダーを含む性的マイノリティLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)で捉えると、実に多くの才能に溢れている。
トランスジェンダーであることは決してマイナスではなく、彼女にとってはある種アビリティでありモチベーション。
それがどう才能と結びついているのか、それは議論の余地があるが、それは彼女にとっては重要であることは間違いない。
3|問題提起
アノーニは、今作「HOPELESSNESS」の中で、実に多くの問題に触れている。
それはアントニー・ヘガティ時代から続くことではあるが、その幅と深度、鋭さは確実に増し、自身の言葉でときにえぐるようにリスナーに問いかける。
しかも、環境問題から世界平和、エネルギー問題に死刑制度……今地球上に巻き起こっているあらゆる問題、それもかなりシビアで不可侵な領域まで。
音楽は時代を映し出す鏡であり、レゲエやヒップホップでは社会に対しての意見を代弁すると言われているが、アノーニもまた同じ……しかし、その角度と視点は他の追随を許さない。
そして、世界をしっかりと見つめ問題点に鋭く切り込んでいく中で、とにかく大きな信念、愛を感じるのだ。
アルバムからシングルカットされた“4 DEGREES”(和訳すると“摂氏4度”)ではそのタイトル通り地球温暖化に言及し、“Execution”では死刑について独特な表現で問いかける。
さらには、現アメリカ大統領の名を冠した“Obama”なる曲も。
その音楽性もさることながら、アノーニの感情そのままに映し出されるその歌詞にもぜひ注目してほしい。
4|アイデンティティ
アノーニはその強い個性ゆえに、様々なエピソードに事欠かない。
しかも、それらすべてが桁外れのことばかり。
近いところでは昨年、なんと彼女はSNS上でローマ法王を非難。
これは同性婚を認めないことに対する怒りのようで、Facebookではこんな言葉も残している。
「ローマ法王が裏で働きかけて、アメリカの同性愛者の権利を迫害しようとしていることは明らかだ」
こんなことを言えるのは彼女ぐらいのことだろう。
そして今年に入っても世界が驚く事件を巻き起こすことに。
ことの発端はドキュメンタリー映画『Racing Extinction』に提供した“Manta Ray”がアカデミー賞最優秀楽曲賞の最終候補に選ばれたこと。
それ自体は喜ばしきことなのだが、彼女は授賞式でのパフォーマンスのオファーがなったことに不満を持ち(通常最終候補者はライヴをするのが慣例)、授賞式そのものをボイコット。
その背景には様々な理由があるようだが、アメリカの資本主義、そして商業主義にその一端があるようだ。
アーティストにとって、個性、アイデンティティは必要不可欠なもの。しかし、アノーニのそれは特に大きい。だからこそ人々は彼女に惹かれるのかもしれないが。
ANOHNI
『HOPELESSNESS』
Rough Trade / Hostess
http://anohni.com