青春時代を過ごしたアメリカ有数の工業都市・デトロイトのグラフィティ・アートやNYのストリート・シーンに影響された鮮やかな色彩感覚を持ち、荒々しい肉食獣を象った独特の木工アートで注目を集める彫刻家/アーティスト:エージェイ・フォシック。今春、ここ日本で東京の気鋭アーティストたちとのコラボレーション展を開催した彼に、独占インタビューを決行した。
一見すれば攻撃的に見える作品に篭められた、あらゆる人間、存在へのエールとでもいうべきメッセージや、彼のインスピレーションの源について語ってもらった。
――まず、あなたが作品の題材にモンスターを選ぶ理由を聞かせてください。
「あの動物たちはメタファーなんだ。僕が肉食獣をモチーフにするのには理由がいくつかあって、腹をすかせて大口を開けた捕食者の姿が、厳格に存在する自然や誰にも逃れられない死を象徴するのにうってつけなんだ。だから僕はいつも捕食者を自然界の比喩として使ってる。シンボリックな姿と対比させながら、捕食者が大自然から受ける進化への圧力を表現してる。例外を除いたら、僕は普段あんまりモチーフにした動物の種を特定できるようにはしないんだけど。そういったものを、僕がこれまで培ってきた体系化された思想だったり、いろんなスピリチュアルなアイディアをもって表現しているんだ」
――素材には木を用いていますが、他に使ってみたいものはありますか?
「ベニヤ板みたいなありふれた素材を、驚きの何かに変えるような制作がしてみたいな」
――あなたの作品には、ときに銃や剣など暴力を思わせるアイコンが使われています。これはなぜですか?
「僕はことさらに暴力や攻撃性を表現したいわけではないんだ。ただ美と暴力は同じコインの裏表みたいなもんだから、そういう要素も作品に入ってくる」
――あなたの精巧な立体作品からは、使う道具への多大なリサーチとトライ&エラーが窺い知れます。制作の上で欠かせないツールはありますか?
「僕の仕事場は、画家のスタジオというよりは大工の作業場といったほうが近いくらいで、一日の終わりには自分がいち作業員みたいな気がしてるよ。道具のなかで一番好きなのはノコギリだ」
――マストドン(アメリカのヘヴィ・メタルバンド)の楽曲“Black Tongue”のMVであなたの制作風景を拝見しましたが、短い時間ながら実に多くの道具を駆使しているのが解かります。ノコギリも大活躍していました。次の質問ですが、公式サイトのバイオグラフィには「フォシックが提示するのは、天啓やひらめきではない、人間が生まれ持った創造性の広がりやパワーなのだ」とあり、これは天からの思し召しといったものの否定ととれます。ただ、あなたの作品には仏教絵画に通じるようなシンメトリーの構図が散見され、そうした部分に日本人は宗教的な神秘性を感じます。あなたにはアジアの寺院や仏像の造型はどんな風に見えますか?
「僕はたくさんの文化やスピリチュアルな伝統の要素やシンボルを掛け合わせてみようと考えてるんだ。だから日本人にとって親しみを感じる部分もあってほしいと思う。あとお寺は本当、うっとりするぐらい魅力的だよ。僕がこれまで自分の中に取り込んできたものや捨て去ってきたもの、そうした取捨選択がもろく傷つきやすいアイデンティティとなり、やがては作品を表現する手段になっていくんだ」
――伝統的な文化や様々な思想に触れ、それらを選び取るなかであなたの見識も深まっていったのですね。では、あなたの独特の色使いはどうやって決めているのですか?
「僕の色使いはグラフィティの影響もあるよ。だけど色ってのは同時に罠でもあるからな、騙されないでくれ。言葉巧みなセールスマンの口車と、色ってやつは同じ調子で罠にかけようとするんだよ」
――自然界では“警告色”または“警戒色”とよばれるカラーリングがあり、これは生物が捕食者から身を守るため、目立つ色で自分の毒性をアピールしているのだとされています。派手で見る者の目を引く配色は、どこか通じるものがあるでしょうか。
「かもね」
――さて、次の質問です。日本では、実用物を作るための能力は、習得に時間がかかる精緻な技能も“職人芸”として彫刻家の造型する能力と区別されます。大工としての経験を持ち、アーティストでもあるあなたはうまくバランスをとっているように感じますが、こうした日本の考え方についてどう思いますか。
「アメリカにもそういう区別はあると思う。若い世代は、その手の伝統的な職人技が郊外の“ウォルマート化”のせいでかなり失われてしまったと考えてるよ」
――大企業・ウォルマートとの価格競争に敗れた地元密着型の伝統的な小売店が次々に店を畳んでいった現象のことですね。
「だから最近は、伝統工芸の重要性と評価が改められて、文化的地位が高まってる。僕もアートと工芸の境界線には関心があるよ。ただ僕の木工は自分で取得した完全なるオリジナルだ。僕が彫刻を作る技術だって、僕が知るどの伝統工芸にも当てはまらない。だから実際に自分がクロスオーバー的な立ち位置にいるのかは解からない。だけど、そういった技術を持つ人たちをすごくリスペクトしてるよ」
――では、制作において最も大事にすることは?
「僕の作品における主人公たちは、無意味で役に立たないかもしれないけど、愛をもって自分自身の存在を受け入れている全ての人たちだ。そして周りにいる人を愛せる人たちだ。超自然的な恐ろしい何かのためじゃなく、真に幸福になるには人類を助けて愛さなければいけないとわかった上で正しい行いのできる人たちだ。理想や完璧とはほど遠くても、欠点があっても、鼻持ちならなくても、それでも美しい人たち全てなんだ。そういう存在を作品で讃えたいんだ」
――その主人公というのは、あなた自身も含め、死に抗って生き続ける存在全てですね。多くの人間もまた捕食者として、ときには間接的に同じ人間の生命を供物に生きる存在です。それでも、ただ奪うだけでなく愛をもってものごとに意味や価値を与えられる人間へエールを送っている。では、あなたのインスピレーションの源は?
「自分の存在を理解しようといろいろな方法で試すなかで、様々な人間性が露わになる。僕は曖昧模糊としたものに形を与えたい。無意味なことに対して抗いたい。あとは自分の幸福に対して責任を持てる人が好き。そういうことが表現したいんだ」
――日本についてはどんな印象を?
「日本は間違いなく世界の中でも最高のカルチャーのひとつだ。だからもちろん素晴らしい経験だったさ。たくさんのとてつもないアーティストとのコラボも素晴らしかった」
――東京で開催された「BEAST FROM A FOREIGN LAND」のことですね。展覧会を終えての感想は?
「実際今回のコラボはとても考えさせられたし、強烈な経験だったね。12人のアーティストに僕の作品を渡して、彼らが意味を吹き込んでいった。1日の終わりには新しい見せ方が、新しいストーリーと新しい考え方が出来上がっていた。とても光栄で、良い体験をさせてもらったよ」