実父がDJ、21歳でダンスミュージックに目覚めるも28歳で起業、そして37歳でM&Aをし、そこから本気でDJ・音楽の道へ……。超異色のキャリアながら人生経験豊富な男が本気になったら強い! 近年の活躍を見るとそう思わずにはいられない、破竹の勢いでシーンを駆け上がるMARVYにインタビュー。
第一弾は、現在に至るまでのキャリアをプレイバック。起業家としてメディアで注目を集め時代の寵児となるも、周囲の驚きをよそにDJへと華麗に転身。その背景、そして意図とは?
さらに、DJ・アーティストとして彼が見据える“最先端”、新たにスタートさせたパーティ「CARNIVAL」への想い……自らに課す“大きな使命”、彼が目指すステージとは?
ビジネスの世界で大きな成果をあげた男の38歳からの本気の挑戦を追いかける。
◆より高い山を目指して…経営者からDJへ
――ダンスミュージックにハマったのはいつですか?
MARVY:21歳です。その後、23歳ぐらいからDJを始めて、今40歳なので、DJのキャリアとしては17年ぐらいですね。僕は福岡出身で、大阪に出てきて最初に入社した会社の社長が4つ打ち好きだったんですよ。それでクラブに連れて行ってもらうってハマった感じです。
――当時の大阪で4つ打ちのクラブというと、GRAND CaféやUNDER LOUNGEですか?
MARVY:当時はハウスが好きで、GRAND CaféとLive & Bar 11 Onziemeによく行っていました。特にLive & Bar 11 Onziemeは影響を受けましたね。音楽はもちろんクラブの雰囲気、お客さんの感じも良くて。社会性や節度があってファッショナブルで、とにかくみんなハッピーだったんですよ。純粋に音楽を楽しみに来ている感じがして、そこに魅力を感じましたね。
――DJを目指したきっかけは?
MARVY:仲よかった先輩のDJから「音楽が好きならDJをやってみたら?」と誘われたのがきっかけなんですけど、実は父もDJなんですよ。
――どんなDJだったんですか?
MARVY:地元・福岡でファンクやソウル、今でいうR&Bをかけていて。ただ、好き放題音楽をやっていたので母からは「お父さんみたいになっちゃダメ!」と言われてました(苦笑)。だから子供の頃はDJはやってはいけないものだと思っていたんですけど、始めてみたらどんどんハマっていって。
――最初はどんな曲をかけていたんですか?
MARVY:Claptone、Franky Rizardo、HOT SINCE 82あたりが好きでしたね。その後Jamie Jones、Marco Carolaの全盛期にテックハウスにハマって、当時は楽しくDJをやっていたんですけど、コロナ禍になって大阪はクラブから人がいなくなってしまって……。
あとは28歳で起業して、徐々に仕事が忙しくなっていったんですけど、それでも細々と月に一度はDJをしていて。そうした中、37歳の時に結構な金額で会社をM&A(売却)したんです。
そこでひとつの達成感を味わうことができたんですが、同時に目標がなくなってしまったんですよね。それで次に何をしようか考えた時に、ビジネスでの成功体験が大きな自信になって、より高い山=世界を目指そうと思ったんです。
ちょうどその頃に拠点を東京に移したんですが、コロナ禍が明けて東京ではハウス・テクノが再び盛り上がりつつあって、それを見たらなんかすごく悔して「世界を目指すなら音楽しかない!」と思い、38歳の時に本気でDJを再スタートしました。
――経営者から転身……なかなか異色の経歴ですよね。
MARVY:当初はやっぱり周りの目が気になりましたね。僕は一時期経営者としてメディアに出させてもらうことが多く、SNSのフォロワーも多い訳ではないですが、1万人程はいたので。突然DJに転身となるとみんな驚くのも当然なんですけど、一部で変なイメージを持たれることがあったり、当時はSNSに自分が出演するイベントのフライヤーを投稿するだけでフォロワーがめちゃくちゃ減ったりすることもあって……。
――「経営者なのに何をしているんだ?」と。
MARVY:そうですね。フォロワーがどんどん減っていって、自分が否定されている気分になったこともありました。でも、「好きなことをやるのが一番」と思って極力気にしないようにして。
僕の中で起業したこと、M&Aをしたことは人生におけるひとつの実績であり、誇りでもあるんですが、それがDJとして活動していく上で不利益になる……それこそ「遊び、道楽でやっている」と思われたくなかったので、最終的にはSNSも全部整理、DJに関することのみにしたんです。そうして本気でDJ、音楽と向き合うようになったのがここ2〜3年のことで、本気になってみると今までいかにダラダラとDJをやっていたのかわかりました(苦笑)。

◆世界の最先端を…かつてない大きな挑戦
――本気になって何が一番変わりましたか?
MARVY:考え方もセットも、何もかも全てですね。ただ、面白いなと思ったのは、ダラダラやっていた時の方がフロアが盛り上がることがある(苦笑)。DJも考えすぎると失敗することがあるというか、ついこの前も考えすぎて失敗してしまって。自分のDJ人生の中でも初めての大きな失敗だったんですけど、それも本気になったからこそだと思います。
僕はDJって、いかにお客さんを楽しませたいか、“for you”の気持ちがプレイに出ると思うんですよね。さらには“シーン”が重要。失敗した時はバイブス100%、ミックスやグルーヴも問題なく、for youの気持ちもあったんですが、シーンがハマらなかった。その場、その場で必要なものが違う、それを改めて気付かされたし、DJは本気でやればやるほど奥深さを思い知らされますね。
――本気になった今と自由にやっていた頃、どっちが楽しいですか?
MARVY:以前は目的がひとつ、フロアのお客さんを踊らせることだけ。でも、今はそこからアップデートして、フロアのお客さんを楽しませつつ“トレンド”を伝えたいんですよ、“世界の最先端”を。
だから僕は最近、基本的には(リリースから)2ヶ月以内の曲だけでDJをしています。みんなが知らない曲を伝えたいから。僕のパーティに来たら聴いたことがないかっこいい曲に出会えるように。それが僕が若い頃、クラブで覚えた興奮だったので。
今はそれが僕の使命とすら思っていて、本気で世界を目指すなら日本で普段かかっている曲で盛り上げていても生産性がない。日本(のダンスミュージックシーンを)を進めていくためには新しい曲をかけ続けていくべきだと思ったんです。特に(新宿ZEROTOKYOで開催している)「CARNIVAL」は完全にそれを体現していて、まだ日本でやっていることが少ないことをやっています。
これは今、誰かがやらないといけないと思うんですよ。よく「日本は最新のトレンドから遅れている」と言われますが、僕はそれを縮めたい。遅れている理由を分析すると、そこに挑戦する人がいないからで、誰かが本気でやればその距離は縮められると思うので僕がやろうと思いました。

――“何が最先端なのか”という問題もありますよね。
MARVY:当然ジャンルによって違うと思いますが、何事にも“フェーズ”があって、僕自身最初はハウス、次にディープハウスとテックハウスにハマり、今は“楽しい”よりも“感動したい”、DJの“パッション”や“ストーリー”を感じたい。DJの人生観を知りたくなっている。そうした変化の中で、僕はその時々の最先端を追求したいんですよね。
僕は“トレンド”を楽しむことが大好きで、それは常に“新鮮さ”を味わえるんですが、得てして流動的。オーバーグラウンドにありつつも流行りすぎると飽きられてしまうし、いきすぎるとアンダーグラウンドになってしまう。僕はその絶妙なラインを捉えたいんですよ。
――それはかなり難しいことですね。
MARVY:シーンをしっかり見据えていないといけないし、センスも必要ですね。ただ、その絶妙な領域にこそ人が集まると思うんです。特に俗に言う感度が高い人たちが。僕は民度が高い、良識のある大人が健全に遊ぶ、それが一番魅力的だと思うし、そういう場を作りたいんです。
そのあたりの認識は以前と比べてだいぶ変わってきていると思うし、それはDJにも言えると思うんですよね。かつてはDJも音楽が全てでしたが、今はそれに加えて“人間性”も重視されるようになってきた。自分の生き様・人生を見てもらうというか。そういう面白い時代になってきたと思いますし、そもそもどんな世界においても長く輝き続ける人は人間性が必須なんですよ。そうでないと周囲の人間やファンから支持され続けることは不可能ですからね。
――ビジネスと音楽には共通点がある?
MARVY:めちゃくちゃありますね。どちらも人間性が全てで、あとは周りがやっていないことをいかにできるか、個性をどれだけ最大限に表現できるか、それが差別化になり魅力になる部分は、ビジネスの価値創造と同じですね。
#2に続く……
なお、MARVYが主催する「CARNIVAL」の第三弾が新宿ZEROTOKYOにて3月13日(金)で開催。今回は世界が注目するイタリアの美しき女性デュオGiolì & Assiaが出演!

MARVY(マーヴィー)

ハウス・テクノのDJとしての活動と並行して起業家としても活躍。SPACE GYMを設立し、2023年に株式会社Five Lineを2桁億で売却。現在はSPACE GYMを経営し、そこから本格的にDJ活動に専念。国内主要クラブでプレイしつつ、近年は世界にも展開。また、2024年からはプロデューサー活動に注力し、2025年にはArmin Van Buuren率いるArmada Music傘下のDays Like Nightsからリリース。2026年には新宿ZEROTOKYOにて“成熟した価値観と品格ある大人が楽しめるクラブカルチャー”をコンセプトとした主催パーティ「CARNIVAL」をスタートしている。
