映画好きの人なら、1996年の名作『トレインスポッティング』の続編『T2 トレインスポッティング 2』をきっかけにヤング・ファーザーズを知った人がいるかもしれない。

音楽好きなら、2014年のマーキュリー賞をあのFKAツイッグスを抑えて受賞したタイミングで注目していたかもしれない。

音楽×ファッション×アートという組み合わせは使い古されたけど、本物に掲げる標語なら依然として輝く。ヤング・ファーザーズ待望の3年ぶりとなる新作「Cocoa Sugar」。そのテーマは“ノーマルであること”。その真意を聞いた。

Photo by:ROBWALBERS
Text by:HideoNakanishi

俺らにとって“ノーマルであること”が普通じゃないのさ……

——新作「Cocoa Sugar」は前作からさらにヤング・ファーザーズの世界が押し広げられた印象を受けました。

今作は、よりシンプルになっていると思う。これまでの音楽とは違うことをしたいという意識はあって、もっと簡潔で、もっとノーマルなサウンドに挑戦してみた。

俺たちってノーマルであったことがないから、ノーマルになることが逆に新しかった。過去2作が奇妙な作品だったから、その逆に敢えて挑戦することにしたんだ。それが形になったのが今作さ。

——ノーマルであることに挑戦してみてどうでしたか?

普通のやり方で音楽を作ってこなかったから、ノーマルが自分たちにとって新しいと気付くのも面白かったし、『ノーマルって何だろう?』というのも興味深い論点だった。

結局は自分たちの起源に戻ったりもするんだけど、考えながら制作するのは面白かったよ。

具体的には曲の中の要素を減らすことを意識した。サウンドも歌詞もね。このアルバムを制作していた時期は政治的にダークな時期だったから、敢えてアップビートなものを作りたかった。その方向性に自分たちを持っていくのは最初は変な感じがしたけど、慣れてくるとヴィジョンが見えてきたんだ。

——いつ、どのようなかたちで制作が始まりましたか?

制作を始めたのは2年前だったと思う。アメリカツアーの後、家族と時間を過ごしてリラックスした後にスタジオに入ったんだ。

そこからアイディアを色々と試した。複雑すぎず、ミニマルな作品を作りたかったから、へヴィーになりすぎないように新しいサウンドに挑戦してみた。

現在はエジンバラに新しいスタジオがあるから、そこですべての作業をやっている。曲作りもするし、レコーディングもするし、Tシャツを作ったりもする。オフィスみたいなものだね。

——意識を置いたポイントや3人でシェアしていたアイディアがあったら教えてください。

さっき言った方向性を目指したことくらいかな。俺たち、あまり話し合ったりはしないから。実際にスタジオに入って音を出してみる方が自分たちにとっては大切なんだ。

前回と違うことをやる、それだけがアイディアだった。まずは初めて構成にこだわったこと。これまでは取り入れたいと思うものを詰め込んできたけど、今回は曲の組み立て方を考えて、どんな音を取り入れていくかを考えながら制作した。だから、少しだけ直感的ではない。

ヒップホップ、ソウル、テクノ、レゲエは俺らのポップ・ミュージックなんだ

——前作では、ポップ・アルバムとはこうあるべきだという、3人のなりの解釈が打ち出されていたわけですが、本作についてはいかがでしょうか?

このアルバムもそうだと思う。俺たちにとってのポップ・ミュージックは皆で一緒に楽しめること。そういった意味では、ヒップホップ、ソウル、レゲエ、テクノ、アフリカン・ミュージックも俺にとってはポップ・ミュージック。フックがあって、3分ちょっとでポイントに達するだろ? 俺たちの曲もそうだ。

だから俺たちは自分たちの音楽をポップと呼ぶ。確かにサウンド的にはアイドル・グループなんかの音楽とは全然違うけどね(笑)。

——昨年、映画『T2 トレインスポッティング』に楽曲が使用されたことで、知名度やリスナー層はぐっと広がったと思います。より多くの人に音楽を届ける、ということは意識していましたか?

14歳の時から音楽を作っているから、もう音楽活動を初めて16年くらいになる。その間、じわじわと時間をかけて自分たちのペースでリスナーの幅を広げてきたから、あまり意識はしていないよ。

多くの曲を作り、リリースしていくことで、人々が俺たちの音楽を知るプラットフォームを作っていく方が大切。人が何を求めているかを考えて音楽を作ることもないね。

長く活動していくことで広がっていけばいいと思っているし、長く活動を続けるためには作りたいと思うものを作ることが重要だと思う。

——では、収録曲についてお聞きします。リード・トラックの“Lord”は美しいゴスペル・フィールが漂う官能的なR&Bナンバーです。リード・トラックに選んだ理由は?

この曲は自分たちが今作で表現しようとしたサウンドがうまくまとまっていると思ったからさ。シングルっぽいサウンドとか、ラジオに適した曲だからではなくて、単純にこの曲を聴いて欲しかった。この曲を耳に入れて欲しかった。プロダクションが良かったしね。 それが理由だよ。

——シンプルですね。一方で1曲目の“See How It Goes”は弦楽器のサンプルとアンビエントなムードが漂っています。

前作ほどパーソナルな内容のトラックはないんだけれど、この曲はパーソナルなトラックだね。

冒頭に収録したのは今作の入り口となるような、今のヤング・ファーザーズがいる位置を示しているから。制作を始めた時のフィーリングが詰まっている曲で、今作の世界観に皆を導く最高のトラック。

“ノーマルでいること、いないこと”について歌われているし、それがうまくいくか様子を見ている、という感じの内容かな。

『何でだろう?』とか『どうしてだろう?』とか何かの意味を考えるよりも、リアリスティックになって様子を見ている。そんな感じ。弦楽器はスタジオで見つけた弦が一本しかないヴァイオリンなんだ(笑)。ずっとスタジオに置いてあってさ。手に取ればなんでも音が出るし、それぞれが異なる音を出すから面白いよね。

——今作には、共同ソングライターとして、TV・オン・ザ・レディオのデイヴ・シーテックが2曲参加しています。デイヴが参加した“Turn”はスーサイドの“Ghost Rider”を彷彿とさせるベースラインが印象的です。

その通り。スーサイドは、俺が思うもっともオリジナリティがあるバンドの一つだし、インスパイアされているんだ。

曲を作っている時、あのベースラインが頭に思いついたんだよね。スーサイドみたいな、あの勢いのある感じを再現したかったんだ。

——“Fe Fi Fo”はエチオピアン・ジャズ を連想させるエスニックなムードが印象的です。女性らしきボーカルも誰なのか気になります。これはどういった曲なんでしょうか?

あれは巨人の掛け声で、物ごとがでっかく、悪魔みたいに見えて、自分が小さく感じる様子を歌っているんだ。そんな状況で自分が何ができるかわからない、みたいな内容。

あのブレイクビートは1900年代のアフリカのフィールドレコーディングを集めたアルバムをサンプルしたものなんだ。リズムはアルバムの中で唯一のサンプリング。この曲は、アイディアを元に勢いと直感でササッと出来上がった一曲だよ。

——あの女性ボーカルは誰?

ははは! あれはケイアス(笑)。彼は高い声も低い声も出るんだ(笑)。あの女性ボーカルは誰?ってよく聴かれるんけど、あれは彼なんだよ(笑)。

——ケイアスなんですね(笑)。ジューク・フットワーク風のビートやエディットが際立った“Wire”は今作屈指のダンサブルなナンバーです。この曲のボーカルもケイアス?

“Wire”は思い出すと笑ってしまうくらいスタジオに長くこもって出来上がった曲。あのボーカルもケイアス(笑)。俺たちはゲスト・ボーカルは使っていないからね。

だから、サウンドにバラエティを持たせるために、使える音や声はなんでも使う。ケイアスも出せる声質はすべて試して、機能するものを音として取り入れているんだよ。

——今作のリリック、あるいは作品のバックグラウンドにテーマはありますか?

最初は気にしていなかったけど、少しずつ特定のテーマに興味を持つようになって、曲同士の共通点が見えてきた。まったく同じじゃないけど、それが徐々に明らかになっていくのは興味深かったよ。

それは男性についてのテーマなんだ。悪い男とかパワーを持った男とか……アルバムには男性の色々なキャラクターが出てくる。それがテーマの一部。意識したわけじゃない。自分たち自身や友達、周りの環境、世界でいま起こっていることが自然と反映されていったんだ。男と力というのが自然と身近なテーマとして出てきた。

今作のジャケットのカウボーイもそれを表現しているんだ。誰もが男らしいと思うシンボルでありながら、その中には何か他のものも見える。

——「Cocoa Sugar」というタイトルはどういう理由から? “甘さと苦さ”という相反する要素を表現している?

ある日、スタジオでメンバーとタイトルを考えていた時にこの言葉が出てきたんだ。収録はされなかった“Cocoa Sugar”という曲があって、そのタイトルを口にしたとき、ピッタリだと思った。

君の言うとおり、自分たちにとっては“ビター・スウィート”という意味だよ。このアルバムのメロディやフックは甘く楽しめるけれど、歌われている歌詞や世の中で起こっていることはそうじゃなかったりもする。それを表現したタイトルなんだ。

——2016年にはマッシヴ・アタックのシングル“Voodoo In My Blood” に参加して、彼らのUK〜ヨーロッパツアーのサポートも務めましたが、そこではどんな刺激を受けましたか?

マッシヴ・アタックを見ていて、オリジナルなのにいまだにあの規模で成功していることに圧倒されたよ。彼らからはオリジナルで居つづけていいんだということを学んだよ……。

もしやりたければ、自分たちにもそれが可能なんだということがわかった。音楽、ポップの世界では特にそれは難しいし、フラストレーションになる。オーディエンスがあまりオープンではないからね。

でも、自分たちが作りたいと思う音楽以外は作りたくない。それだけは俺たちが確信していること。きっと他の音楽を作ろうとしても、どうせ出来ないだろうしね。

——以上です。ありがとうございました!

ありがとう! また日本に行けるのを楽しみにしているよ。


YOUNG FATHERS
「Cocoa Sugar」

Beat Records / NINJA TUN

YoungFathers
ヤング・ファーザーズ
“G”・ヘイスティングス、アロイシャス・マサコイ、ケイアス・バンコールの3人によりスコットランド・エディンバラで結成。2014年、デビューアルバム「Dead」がマーキュリー賞を受賞。2017年には映画『T2 トレインスポッティング』に楽曲を提供したことでも話題に。そのジャンルレスなサウンドは世界中で高い評価を受け、音楽シーンのみならずアート、ファッション、カルチャーシーンからの注目度も高い。