いまやダンスミュージックの最新潮流を語らせたら右に出るものなし! ハウスにベース、UKG、ヒップホップなんでもござれ! その知識は無限大、令和のダンスミュージック生き字引にして見た目からしてプロフェッサー。だがしかし、ひとたびDJブースに上がればフロアを確実にロックする鬼プロフェッショナルTJOにインタビュー!
第一弾は彼のルーツにフィーチャー。
今でこそ最先端、EDM以降のダンスミュージック伝道師のイメージだが、デビュー当時は意外にも……
そして、そもそもTJOがダンスミュージックにハマった原点、彼の人生を変えた運命の楽曲とは?
さらに、ルーツの果てに行き着いたのは現行シーン。TJOが世界の最新潮流、今甦る“ハウス”の魅力をまるっと解説。
かつての“テクノ四天王”の話からNinja Tune、Space Cowboy、Gilles Peterson、THE ROOMにLOOP、タキテリ、フィジェットハウスなどナツいところから令和のイビサヒットまで時代を飛び越え語り尽くす、まさに彼のDJスタイル同様縦横無尽の展開に。2000年代初頭から現在まで、往年のファンが泣いて喜ぶ話も盛りだくさん! TJOファンはもちろん、新旧ダンスミュージックファン必読!!!!!!!
◆原点はUK、ColdcutでMore Beats!!!
――TJOさんのダンスミュージックのルーツは? 私の拙い記憶ではハウス、ジャズ、ブロークンビーツとかだったかと……。
TJO:ルーツはまさにハウスやジャズなんですけど、原点はThe Chemical BrothersやThe Prodigy、Underworld、Orbitalといった当時のテクノ四天王。あとはBasement Jaxxとか、いわゆるUKのダンスミュージックですね。
その中でも最も影響を受けたのがColdcutで、彼らの「Let Us Play」というアルバムに収録されている“More Beats & Pieces”。当時、フジテレビで深夜に放送していた「BEAT UK」というイギリスの音楽チャートを紹介する番組でこの曲を聴いてめちゃくちゃ衝撃を受けたんですよ。「なんだこの曲は!」って。
僕は小さい頃から音楽が好きだったんですけど、学校の音楽の授業はすごく苦手で大嫌いだったんです。それで音楽の理論とかも全然知らなかったんだけど、それを知らなくても音楽ができるんだってこの曲を聴いて知りました。
――サンプリングの音楽ですね。
TJO:ダンスミュージックはそれが可能なことを知って、さらにどハマりした感じです。
――ColdcutといえばNinja Tune、近しいところで言えばMo’ Waxとか。
TJO:聴いてましたね。あとはWarpとかすごく好きでした。
――ちなみに最初に聴いたダンスミュージックは覚えてます?
TJO:それでいうとJamiroquaiの“Space Cowboy”のDavid Moralesリミックスですね。普通にシングルを買ったらB面にこの曲が入っていて、聴いてみたらめちゃくちゃかっこよくて。この曲は僕にとって永遠のNo.1ソングです。
ここからThe Chemical BrothersやThe Prodigy、Basement Jaxxに繋がり、さらにはColdcutを経由してNinja Tune、その後に出会ったのがGilles Petersonですね。彼の「Worldwide」っていうミックスCDを聴いた時もまた衝撃を受けました。「DJってミックスをしなくても世界観を作れるんだ!」って。
その後、一気にGillesにどハマりして、BBCで彼の番組を聴くようになって、それからはもう完全にUKダンスミュージックの虜です。とにかく色々なUKダンスミュージックを貪っていました。
――ハウスやアシッドジャズとか?
TJO:そうですね。あとはディスコやもともと好きだったAORとか。当時は青山蜂のラウンジでDJをやっていて、そこでDJ SAZANAMIくんに声をかけてもらって渋谷のTHE ROOMにも出入りするようになって、クラブジャズや当時人気だったブロークンビーツにもハマっていった感じです。
――ちなみに、自分の人生に大きな影響を与えた楽曲を3曲選ぶとしたら何をあげます?
TJO:Coldcutの“More Beats & Pieces”。Jamiroquaiの“Space Cowboy”のDavid Moralesリミックス。あとはダンスミュージックじゃないんですけど、Bobby Caldwellの“What You Won’t Do for Love”。最近の曲でも素晴らしい曲はたくさんありますが、やっぱりこの3曲は音楽との出会い曲で今の僕を作るきっかけとなった曲なので外せないですね。
◆趣味から仕事へ…DJとなる転機、運命の出会い
――DJを始めた経緯は?
TJO:音楽が好きでCDやレコードを買っていたら、妹の友達に「そんなに音楽が好きだったらDJやればいいじゃないですか」って言われたのがきっかけですね。その後、ターンテーブルとミキサーを譲ってもらったんですけど、当時はターンテーブル1台しかないからCDプレイヤーをかけて、そこにピッチをあわせる練習をしてました。
――となるとほぼ独学ですか?
TJO:大学時代に共通の友達を介して知り合ったThe SAMOSのDJ RAYMONDに教えてもらったり、クラブでDJを始めたのも彼に誘われたのがきっかけでしたね。それが青山蜂で、当時はハウスをかけたり、Roots Manuvaとかかけたり……あとはDJ RAYMONDがテクノ好きだったので、テクノをかけながらそこにMAW(Masters At Work)を入れたりみたいな。
――当時からレンジは幅広かったんですね。
TJO:高校生の頃から学校が終わるとタワレコやHMVに行って全部の視聴機を聴き漁ったり、昔からジャンルに関わらず色々な音楽を聴いてましたね。レコードを買うようになってからも宇多川町にあったレコ屋は全部行ってました。Manhattan RecordsにCISCO Records、Hot Wax、Jazzy Sportなどもも。
クラブもTHE ROOMでクラブジャスやハウス、レアグルーヴ系の人たちと遊んで、一方でDJ RAYMONDとかテクノ系のDJとつるんだり、青山のLOOPでパーティをしたり、色々なところに出入りしてて、そういった環境も影響してたと思います。
――ドラムンベースもかけてましたよね?
TJO:ドラムンは好きですね。やっぱりUKが原点なので。レコードも買ってました。
――DJを始めた頃は「将来DJで食べていく」みたいなことを考えていたんですか?
TJO:全然。当時は全く考えてなかったです。仕事をしながら好きだから続けていただけ。あくまで趣味の延長みたいな感じで。
――そこからどういった経緯でDJに?何か転機があったんですか?
TJO:2000年代後半にWASABEATという日本版Beatportで働き始めて、そこで☆Taku(Takahashi)さんと出会ったんですよ。そして、「仕事を手伝わないか?」って誘われて……。
◆TJOが長年掘り続けている音楽の“ツボ”
――☆Takuさんとは一緒にパーティをやってましたよね。
TJO:そうですね。「タキテリ(Tachytelic Night:☆Taku Takahashiが主催していたパーティ)」に参加するようになったり、☆Takuさんのツアーに帯同したり。その後block.fmが始まって活動が幅が広がってきた時に、ひとりでどこまでできるのかやってみようと思って独立して、DJ KOMORIさんや今の事務所(SUGARBITZ)の社長と出会い、今に至る感じです。
――TJOさんのルーツとなる音楽と☆Takuさんの音楽性ではちょっと乖離があるように思いますが、そのあたりどうだったんですか?
TJO:当時、僕はTHE ROOMや青山LOOPとかでハウスやブロークンビーツ、それからドラムンベースやUKガラージとかもかけてて、☆TakuさんもドラムンやUKガラージが好きだったので、そこで意気投合したんですけど、☆Takuさんがよくかけていた当時でいうところのエレクトロやフィジェットハウスは、もともと僕も好きだったんですよ。レコードも買っていたんですけど、かけるタイミングがなかった。でも、☆Takuさんと出会い、☆Takuさんと同じ現場ではそれをかけることができたんです。それこそJusticeやSimian Mobile DiscoにSindenとか。それはある意味僕にとってはひとつの分岐点でしたね。
――そこで自身に何か変化はありましたか? DJをするクラブ・パーティも変わったと思いますが。
TJO:僕はDJにおいては基本的に全て好きな曲をかけているので“楽しい”という感覚は変わらないんですけど、それまでかけられなかった曲を思う存分かけることができて、さらにはそれがお客さんにめちゃくちゃウケたので、自分の中で一気に世界が広がった感覚がありました。
それまではTPOに合わせて(かける曲を)棲み分けていたけど、使うことがないと思っていた一面を出したらみんなに受け入れられた感じ。結果として新たなチャレンジが功を奏しましたね。
――基本的にTJOさんはTPOが上手ですよね。どんなシチュエーションでもその場にあった音楽がかけるイメージがあります。
TJO:そこは昔からジャンルにこだわらず色々な音楽を聴いていたのがよかったのかなと思います。
――ただ、あまりテクノはかけないですよね。
TJO:かけないけど大好きですよ。それこそFrancois K.やLaurent Garnierとかはアナログが出れば買ってた世代です。あとはBasic Channelとか。これも買ってもかけるところがないだけかも(笑)。
――TJOさんがTHE ROOMでやっていたころは時代的にジャズとデトロイトテクノが接近していたり、近いものがありましたしね。
TJO:そうですね。THE ROOMは広い意味でハウス・テクノもOKで、デトロイトテクノとかよくかかってましたからね。あの頃は僕もよくかけてました。
――ちなみに、一番好きなジャンルはなんですか?
TJO:それでいうとハウス、ディスコ、AORですね。突き詰めて考えるとディスコハウスが好きなんですよ。ソウルフルで多幸感があるものが好きだから。でも、それってEDMの中にもあるし、ドラムンやテクノの中にもある。僕はあらゆるジャンルの中にあるそのツボを掘ってる気がします。
――それは今も昔も変わらないと。
TJO:変わらないですね。ずっと掘り続けてますし、いまだに毎日BBCもチェックしてます。それこそアフロハウスだろうがR&Bだろうが一通り聴いて、気になった曲を全部チェックしてます。
◆TJOも大注目!ハウス回帰の要因とは?
――思い出に残っているパーティは?
TJO:DJデビューしたTHE ROOMで初めて仲間と主催した「em」というパーティ。やっぱりそれが僕のルーツだと思いますね。あとは、その後に青山LOOPで始めた「Absolute」というパーティがあって、そこにSimbadやSpiritual Southとか呼んで、世界のアーティストと絡んだのが大きかったです。
――影響を受けたアーティストは?
TJO:それはGilles Peterson一択ですね。ジャズに限らずあらゆる音楽を渡り歩くところはスゴいと思いますし、彼の場合はヒップホップだろうがドラムンだろうがテクノだろうがロックだろうが全ての音楽の中に自分の共通点を見つけるのが上手い。そうした姿勢が自分のDJの指標になってますね。僕も僕なりの共通点を見つけることができれば自分の色が出せることを学びました。
――その“自分の色”というのはTJOさんの場合はどんな色なんでしょう?
TJO:多分ですけど、“高揚感”や“気持ちよさ”。それをどんな現場でも出せるように意識しています。その方が自分らしさが出ることをDJを20年近くやって最近さらに感じるようになりました。
――DJも20年やっていると音楽に対する考え方、接し方とか変わります?
TJO:最近は「結局は帰ってくるんだな」って思いますね。かつて好きだったアーティストや好きだったジャンルに。僕はオールミックスの現場も多いのでポップスもヒップホップもレゲトンもなんでもかけるんですけど、今はハウスを意識してかけるようになっていて。
――それは世界的なトレンドだからというわけではなく?
TJO:それもありますが、以前ハウスセットをがっつりやる機会があって、その時に「ハウスはやっぱり楽しいな」って思ったんですよ。それでどんな現場でも僕の好きなハウス、楽しいハウスを入れていたらすごく自分らしさが出たんです。
――それはやっぱり自分の原点だから?
TJO:そうだと思います。あとは自分が本当に好きでやり続けてきたものだから嘘じゃない。そういったところにみんなも反応して楽しんているんだと思います。
――今、世界ではハウス回帰も起こっていますよね。ANOTRとかを筆頭に。
TJO:現行シーンのヒットの要因のひとつに“イビサ”があると思うんですが、そもそもイビサは若い人だけが遊びに行く場所ではなく、ある程度時間やお金に余裕のある大人世代も大勢訪れます。だからこそ客層の年齢幅が広く、最先端のハウスだけでなく、上の世代が若い頃に聴いていたような懐かしいハウスにも反応がある。新旧さまざまなハウスが同じ場所で楽しまれる土壌があるんじゃないかと思います。
さらにはダンスミュージックに関わる人も40代、50代が増え、彼らが楽しめる音、青春時代に楽しんだ音が増えてきた。懐かしいサウンドがリヴァイバルする背景にはそういった点があると思います。
――近年、往年の名曲がよくリメイクされていますがTJOさんもかけます?
TJO:かけますね。イビサではBob Sinclarの“I Feel for You”やMousse Tの“Horny”とかめちゃくちゃ流行ってますしね。ちなみに“Horny”は最近、新世代UKガラージのアーティストたちが自分たち用意リミックスしてアンセムになってます。
――Armand Van Heldenが今でもかけてますね。
TJO:まさに彼のセットがその最たるもので、Armand Van Heldenの“ADD SUV”や“I Want Your Soul”なども今またアンセム化していますね。
――今はハウスが熱いと。
TJO:確実に帰ってきてますね。僕自身、ハウスをプレイすることが今らしくていいと思います。
#2に続く

TJO
幼少時から蓄えてきた膨大な音楽知識、今なお劣ることない音楽への情熱を糧にあらゆるジャンルを縦横無尽に行き交う日本屈指のオープンフォーマットDJ。令和における日本ダンスミュージック界の生き字引にしてトップキュレーター。全国各地のクラブで熱狂を生み出し、海外の大型イベント・フェスでも活躍。また、ラジオ・パーソナリティー、音楽プロデューサーとしても辣腕を振るうマルチタレント。
