Photo by Jungwook Mok
Text : Hideo Nakanishi

グーの音もでないほど、ペギーに首ったけだ。

なんと艶めいた瞳だろうか。村上龍のデビュー作である「限りなく透明に近いブルー」は、その美しくも儚いタイトルに反して、その内容はセックス、ドラッグに墜ちていく若者の姿を描いた衝撃作だった。なんとなくそのイメージと重なった。

だって、このアーティストビジュアルは背景が透けて視えそうなほどイノセンスを感じるのに、腕にはタトゥーが入り、それがまた憎いほどマッチしている(彼女の両腕、胸部にもタトゥーがある)。

しかも、彼女が生み出すサウンドは、もうちょっと複雑だ。自由奔放でミステリアス。無闇に人を惹きつける。それはビジュアルだけにはとどまらないことを、世界の音楽好きは気づき始めている。

彼女の名は、ペギー・グー。韓国出身の彼女は、ファッションを学ぶためにロンドンに移住。数年過ごし、現在はベルリンを拠点に活動しているDJ/プロデューサーだ。

実を言うと、彼女のキャリアはあまりわかっていない(キリンが好きなのは知っている)。わかっているのは2016年に突如シーンに現れたように見えたことだ。

レディオ・スレイヴが主宰するレーベルREKIDSからリリースされたデビューEP「Art Of War」は、オーセンティックなディープハウスの影響を色濃く感じさせ、特に“Troop”はオリジナルミックスもGalcher Lustwerkによるリミックスも世のDJたちに歓迎された。

この時点で“Peggy Gou”が気になって検索した連中は、おそらくこのページに掲載されているビジュアルに類似した彼女の姿をSNSで確認し、冒頭の長ったらしい導入文のように惹きつけられたはずだ。

しかし、彼女はこの2016年だけで4枚のEPをリリースすることになるが、そのたびにイメージをカラフルに変えて、深みを帯びたアーティストであることを満天下に知らしめた。

「Day Without Yesterday / Six O Six」で確認できるオルガンの乱れた旋律は、現在の彼女のDJスタイルにも色濃く継承されている魅力の一つ。

使い古された表現で恐縮ではあるが、端的に表現すると“温故知新”。ディープハウス、テックハウス、アシッド・ハウス、デトロイト・テクノ、ディスコなどをベースとしたとしても、単純な懐古主義だと人々には響かない。そこに陥らないのは、ラテン、ジャズ、クラシック、エスニック、トライバル、アフリカンとバレアリックと縦横無尽な音ネタ使いにある。

古今東西、ありとあらゆる音ネタが、絶妙なタイミングでグルーヴをキープしながら投入される。90年代からのハウス愛好家であれば、ノスタルジーを感じながらも、まったく新世界に足を踏み入れたような2種類の快感を得たのではないだろうか。

正直、原稿執筆中も彼女が27歳だとは信じられない。これほどまでに古き良きクラブマナーに則りながらも、革新性の高いサウンドをミックスできるものなのか? 天真爛漫に音楽と戯れているだけなのか? 確信犯なのか?

その後、「Art Of War(Part II)」をリリース。つづいて、Ninja Tune傘下のTechnicolourから「Seek for Marktoop」を発表すると、BBC Radio1でのヘヴィプレイや「RA」「FACT」など気骨がある音楽メディアから軒並み高評価を獲得。ハウス〜テクノシーンの新鋭として、世界中から高い注目を集めるようになった。

日本人にとっては、2017年の『THE STAR FESTIVAL』での激動のセットが記憶に新しいところだろう。最終的には2017年の「MIXMAG」の「THE TOP 20 DJS OF 2017」ではなんと5位に選出。

2017年はリリース自体がなく、その一方で、世界各地の名門クラブやフェスティバルのダンスフロアを熱狂させ、BOILER ROOMなどのライヴストリーミングを経ての活動が彼女のカリスマ性を押し上げていった。ニーナ・クラヴィッツやアヴァロン・エマーソン、ヘレナ・ハウフなど才色兼備の女性DJの系譜に連なる新たなスターの誕生である。

そんなペギーの久々となる新譜となったのが去る3月2日にNinja Tuneからリリースされた「Once」だ。

“It Makes You Forget”は、90年代初期のハウスのフレーバーが満載だが、自ら韓国語でボーカルをとっている点が異色。もしも、タイムマシンがあって、90年代のクラブでこの曲をプレイすると、違和感なくオーディエンスに絶賛されるだろうし、それはもちろん現代においても同様だ。

そう。彼女の魅力とは、タイムレスであることなのだ。しかし、単純に影響を受けた音楽を現代的な感覚でアップデートしているだけでは説明がつかない。極論を言えば、どんなアーティストもそうだからだ。

しかし、彼女のセンスは飛び抜けている。程よいキャッチーさを展開に施しながら、ハードになりすぎず、グルーヴは一定を保つ。しかも、そのネタは一体どこから見つけてくるのか? 古いネタにも関わらず、常に新鮮に聴こえる。勤勉さと優れた感性を兼ね備えていないと無理な芸当だ。

もしくは時代の風潮と合致したのだろうか? 世の音楽の好みは、時代背景が少なからず影響する。リバイバルは20年というタームで訪れる……なんてよく言われている。それもあるかもしれない。

いろいろな点と線が複雑に絡み合い、シーンに君臨するペギー・グー。今後の活躍からも目が離せない。


PeggyGou
「Once」

Ninja Tune

PeggyGou
ペギー・グー
韓国出身、ロンドン育ち、現在はドイツ・ベルリンを拠点に活動。タイムレスかつフレッシュなサウンドで人気を博す、ハウス界で今最も注目を集めるアーティストの1人。2016年のデビュー以来、REKIDSやTechnicolourからのリリースを経て、3月には名門Ninja TuneからEP「Once」をリリース。プロデューサー・DJ、さらにはイラストレーターやスタイリストとしても活躍。今年は「フジロック」への出演も決定している。