“僕にとってミュージシャンって音楽だけをやる人。だから、僕はミュージシャンじゃない……”

そう語るのは、ビートボックスの新時代を切り開く孤高の革命児 KAIRI。

他のビートボクサーとは一線を画す唯一無二のスタイルで輝きを放ち続ける彼が見据える未来。そして、新作に込められた壮大なメッセージとは……。

“僕はアートをやっている……”
KAIRIの惨然たるビートボックス論

——そもそもKAIRIが目指しているビジョンってどんなもの?

僕は音楽もやるけど、メディアアートなどにもすごくこだわっていて。ヒューマンビートボクサーも口から音が出せるだけと決めていたらそこまでの存在。当初のコンセプトとしては、映画のようなビートボックスをしたかったんです。

——ダンサーGENDAIとのパフォーマンスは確かにシネマティックだったね。

あれは“ネオ・トーキョー”、いわば大人の遊びというか、カッコいいことを余裕でやっているような感覚。撮影も映像だからできることだけを考えていて。僕は観ている人に体感してもらうことが大事だと思うんです。

それに、ビートボックスのコラボとなると歌や太鼓といった音との共存が常套だけど、僕は茶人や陶芸家、書道家などとやって、目指すはビジュアルアートなんですよ。

——他にはどんな人とコラボしてきたの?

ダンサーやラッパー、シンガー、バンドはもちろん、落語家やフラワーアーティスト、特殊メイク。あとは、ファッションショーとコラボしたこともあります。最近では 3D サウンドデザイナーのkatsuyuki setoさんとか。

僕はビートボックスを文化的なものにしたい。音以外の様々なものと掛け合わせることで付加価値が高まるし、より多くの人が体感することができると思うんです。

——確かにKAIRIのライヴはインスタレーションに近い。カテゴリの垣根が取り払われ、違うジャンルを侵食し、新しいジャンルを生んでいるような。

それが自然の流れだと思うし、いろいろな人が共感してくれる。そもそも、僕のビートボックス論は音楽じゃなくていいんですよ」

——それはどういう意味?

例えば、呼吸音は音楽じゃないけど、息を吸って吐くだけで伝わる緊張感がある。しかも、極論それだけで感動させることができると思うんです。

ビートボックスとはそういうもの。多くの人はテクニックに走りがちだけど、それは違う。僕はステージに上がる1歩目からビートボックスだと思っていて……つまりはどう生きてきたかということ。

他の人ができることは他の人がやればいい。KAIRIにしか出せない、KAIRIがやるからカッコいい“ナニカ”が重要だなって。シーンに新しい風を吹き込むために僕がそれをやるべきだと思うんです。

——それは大事なことだよね。新しさなしに進化はない。

全ては役割分担だと思うんですけどね。世の中にはビートボクサーがたくさんいる、それこそYouTuberのHIKAKINさんもそう。僕をバトルに誘ってくれた恩人だったりもするんですけど、彼はファッションブランドに例えるとユニクロ。老若男女に支持され、入口として入りやすい。

でも、僕がやりたいのはそこじゃなくて。彼のような存在が間口を広げ、僕はその中に入ったときにカッコいいと思われることをやっていたい。まさにハイブランドのような。でないとビートボックスの価値が上がらない、ビックリ芸止まり。

僕は路上でのパフォーマンスは絶対にやらない。そこでしか得られないものがあると思うけど、KAIRIは常にステージで誰も手の届かないことがしたいし、それがハマる。そうすることでビートボックスの文化的価値を高めたいんですよ。

——それはどんな世界でも言えることだと思うけど、いつ気がついたの?

21か22歳のころには考えていたと思います。でも、それを作品として形にできたのは2015年ごろ。それは“UNERI”という映像で、KAIRIという存在が確立した瞬間でしたね。

今はラップにしてもバトルがブームで、みんなそこが目標になってますけど、そうじゃないと思うんです。作品を残すという概念がない。僕は一般の人をどれだけ巻き込めるかに燃えていて、僕の姿を見てビートボックスってカッコいいって思ってほしいんです。

——ビートボックスをひとつのアートフォームとして成立させたいんだね。

僕にとってビートボックスはひとつの手段であり、言葉よりもダイレクトなもの。そして、そこにどう意味を持たせるかがテーマ。

言い換えれば、KAIRIはスゴイと思わせる以外にも何かを感じ取ってほしい。スゴイのはあくまで前提なので(笑)。そういったことが人生に寄り添えるアートだと思うんですよ。

自らの声を世間へと届ける、ビートボックスとの出会い

——そもそもビートボックスを始めたきっかけは?

もともと音楽が好きで。入口はJポップでしたけど、ギターをやってみたもののすぐに飽きて。

その頃は特技なんてひとつもなく、アートだって全然わからなかったけど、謎の野心だけはめちゃくちゃあったんですよ(笑)。ただ、自分が何者なのかわかっていなかったというか……。

——自分の存在価値がわからなかった?

KAIRIという魂と人間的な立ち位置がマッチングしてなかった。なぜ僕は、僕として生まれたのか本気で悩んでいて。勉強やスポーツ、何もできないのに、なぜ大きな野心のようなものを抱えているのか。それが野心なのかもわからなくて。

そんなときにビートボックスと出会ったんです。AFRAさんのインタビューを読み、ザ・ルーツのラゼールをYouTubeで観て稲妻が走ったんですよ。それがスタート。それからは……スタイルとしては全て我流ですね。

——ビートボックスのどこに魅力を感じたの?

ビートボックスをやっていると何より自分の話を聞いてもらえる、それが嬉しくて。僕がやりたいのはコレだったんだって思いましたね。

高校生の頃にはライヴをやっていたんですけど、ステージに立つことで自分が何者なのか気付けた。僕は曲が作れるわけじゃないし、歌詞を書いて歌えるわけじゃないけど、 僕なりの社会や人生に対するメッセージ、僕の声を聴いてほしい。それができるのがビートボックス。

もしやってなかったら今の仲間にも会えなかっただろうし、ビートボックスは僕にとって一生もののツールなんですよね。

壮大なテーマが織りなす新作に込められた思い

——新作「Legacy」について教えてもらえる?

意味はそのまま遺産。舞台は人類が未来で滅んでしまった架空の世界。人類が滅んだことで植物が繁栄している地球。人間がいないが故に植物が育つ無常観。環境破壊をはじめとする諸問題を、これを通じて考えてもらえたらなと。

——この壮大なテーマに辿りついた背景は?

今回に関しては、特殊メイク・ボディペイントの世界的権威でもあるAmazing JIROさんとコラボしたかったというのが理由のひとつですね。JIROさんにゾンビにしてもらうのはありきたり過ぎる、漠然と植物と人間の中間になりたいと思ったんです。

それで、植物となったときに『MUTEK.JP』で共演したフラワーアーティストの志村大介さんが思い浮かび、ふたりを合わせたら最強になるんじゃないかと思って。

彼らは……僕もそうなんですけど、テクノロジーと戦っているというか、作品が全てアナログ。加工なしだからこそ、テクロノジーの進化とともに凄味を増す。そういった共通意識というか、概念を持った3人が集まったらいい作品ができるんじゃないかと思って。

——人間が利便性を求めるが故に自然が失われる、そんな現実を表現する根本にはどんなメッセージが込められているの?

今回ひとつだけ歌詞が出てくるんですよ。“Close your eyes, Open your mind”、要するに“眼を閉じろ、心を開け”。みんな上辺だけでものを観ているというか、本質を心の眼で観て欲しくて。

便利と表裏一体に失われていくものがあるというメッセージなんですけど、その裏には僕らアナログを生業としているアーティストのスゴさを観て欲しいという願いもあって。

——それを意識させるためにこだわったこととかある?

楽曲に関して言えば、エフェクトを使い過ぎないこととライヴで再現できることですかね。音を加工するにしても最低限で、ライヴの方がヤバイと思わせたかったし、いかに自分が思い描いた情景を他人に喚起させるか。

あとは、音色で表現するエモーショナルな感情や人類への警鐘も意識していて、全ての音、ジャングルの環境音や鳥の声、音楽以外の部分も自分の声で表現しています。

——それはJIROさんと志村大介さんとやったからこそできた?

ふたりともだいぶ先輩なんですけど、彼らなら僕の思いを共有してくれると思って。おそらく今まで誰もやっていないことなので、想像できない人はできないと思うんですよ。でも、ふたりは現場で僕の想像をさらに超えてくれて。

——今回衣装もJULIUSの2016年SS「sefiroth」だと思うんだけど、sefiroth(セフィロスの木)って生命の輪廻感という意味、それもテーマとリンクしてるね。

今回の映像のラストシーンがすごく衝撃的で、ラストとスタートが繋がっているというか、終わっているんだけど、始まっているんですよ。それこそsefirothというテーマ通り。完璧ですよね。

KAIRI
カイリ
日本唯一にして最大のビートボックスの大会「JAPAN BEATBOX CHAMPIONSHIP」で三度優勝。その活動は多岐に渡り、映画や企業CMへの出演や楽曲提供、ファッションブランドやメジャーアーティストとのコラボなど、既存の枠組みを超えた存在として注目を集めている。

Interview : NAOKI SERIZAWA Photo by ARISAK