正直に言ってどこから筆を進めていいかも解らない、そのくらいニコラス・ジャーのアーティスト像や音楽は、形容しがたい“新しい何か”として響いてる。

誤解を恐れずにその特徴を言い表すのであれば、異なるジャンルのコラージュであり、それは音楽的ジャンルだけではなく、果ては南米大陸、はたまたニューヨークの大都会であり、大自然溢れるアフリカだったり、異なる国の文化的背景までも、音楽で有機的に融合している。簡単に言えば「音楽で世界を旅している」。そんな感じだ。
そして、その作品が世界中のメディアやオーディエンスから称賛され、その作者が当時まだ20歳そこそこの大学生のものだったという事実に驚かされたのを覚えている。

1990年1月、インスタレーション・アーティスト:アルフレッド・ジャーとイブリン・マイナードの間に生を授かったニコラス・ジャーは、生まれてまもなくニューヨークから父親の故郷であるチリのサンディアゴに移住する。サンティアゴは、欧州的なブエノスアイレスと歴史的コロニアル風のリマのどちらの雰囲気も持ち、さらには中東やアフリカの雰囲気が漂う南米大陸のなかでも独特な都市である。
その地で7年間過ごし、再びニューヨークで生活することになる。父親の影響もあり、常にアートに囲まれていた彼は、身近にあったピアノも即興的に弾きこなしていたという。様々な文化が交差するサンティアゴとニューヨークで過ごした幼少時代が、彼独特の自由奔放なミクスチャー感覚を養ったことに影響してるように思う。

そんなニコラス・ジャーがエレクトロニック・ミュージックに傾倒するきっかけとなったのが、14歳の時のクリスマスに父親からプレゼントされたリカルド・ヴィラロボスの2ndアルバム「The Au Herem d’Archimede」だったという。
そんなマニアックなプレゼントをした父親も父親だが、当時14歳だった少年が、このニッチなミニマル作品を「いままで聞いた中で一番セクシーな音楽だ」と語る、そんな息子も息子だ。

このエピソードからも、彼の歪(いびつ)とも言える才能の背景が伺える。そして自然と楽曲制作を始めたニコラス・ジャーは、17歳の時にデビューEP「Student EP」を発表。この作品を、いや、ニコラス・ジャーという大器を発掘したのが、当時、ブルックリンから新流を巻き起こし、アメリカのディープハウス・シーンをリードしていた新興レーベルWOLF+LAMB Recordsだった。

同作は、ジョン・ゾーンなどに代表されるアヴァンギャルドなジャズとリカルド・ヴィラロボスなどのような南米系ミニマル・ハウスを感じさせる他に類を見ない独特なサウンドで、まさに新興レーベルから輩出された未完の大器というイメージだった。

デビュー当時のニコラス・ジャーの作品は、あまり知られていないが、WOLF+LAMB Recordsを中心に、複数のオリジナル作品とホワイト盤のみでリリースしていたブート・エディットなどを発表していた。その中には、ニューオーダーの“BLUE MONDAY”やニーナ・シモンの“Feeling Good”、グレイトフル・デッドの名作“Shakedown Street”など、アブストラクトな実験を重ねた彼なりのミニマル・ハウスやディスコ・ダブを展開。じつにエクスペリメンタルで多様なサウンドは“ニコラス・ジャーのサウンド”としか表現できないものだった。

そして彼の評価を絶対的なものにしたのが、2011年11月にフランスのレーベルCircus Companyより発表された1stアルバム「Space is Only Noise」だ。

本作は、ダンスフロアに向けたものではなく、現代音楽的なアプローチで怪しくも響く音像がまるでSF映画のサウンドトラックのようだ。異なるジャンルのコラージュと壮大な世界を旅するトリップ感覚は、より強固なものになっていた。

そしてなによりも「Space is Only Noise」の音は、“生きている”。わかりやすいキャッチーなフレーズや感情移入しやすいリフレインがあるわけではないが、音のひとつひとつで風景を刻んでいくように、それらは生々しく鳴らされていく。
この豊かな感情表現と主張の強い世界観こそが、彼が天才と言われる所以だろう。そして、この作品が世界各地の音楽メディアの年間チャートを総なめにしたのは周知の事実。


同作以降、ニコラス・ジャーは自身のレーベルOther Peopleの運営やデイヴ・ハリントンとのユニット:ダークサイドでの活動。(2013年にアルバム「Psycick」を発表)
はたまた1969年に公開された前衛映画『The Color Of Pomegranates』にコラージュした音楽作品『Pomegranates』やMoma美術館でのショーケース。5時間に及ぶライブセットなど、実験性に溢れるコンセプシャルな活動を行ってきた。そして2015年の「Nymphs II」を経て、キャリア上最高傑作とも言われる「Sirens」を昨年末に発表した。

本作は、無国籍で、怠惰なセクシーさを漂わせ、あらゆるジャンルの破片が散りばめられた掴みどころがないサウンド。そこから微かに感じ取れるパーソナルな心象風景と感情の起伏。それは、ジャンルに当てはめること自体がナンセンスで、やはりニコラス・ジャーとしか形容しがたい。

そんな大作を提げニコラス・ジャーが、3月5日(日曜)に渋谷Contactにて急遽、来日公演を行うことが発表された。共演者には、こちらも実験性高い音楽を提示しヨーロッパ各地でプレイするENAがサポートし、ニコラス・ジャーは3時間に及ぶDJセットを披露するという。

なんども繰り返すが、ニコラス・ジャーのサウンドは、必ずしも万人受けするものではない。むしろ実験性に満ち溢れた難解な音楽といえる。パフォーマンスも同様に最先端なテクノロジーが導入されてるわけではない。

ではなぜ世界は彼に魅了されるのか?
それは、ときにエキゾチックに響き、ときにエモーショナルに躍動する彼の音楽に誘われる旅情感であり、またメランコリックなメロディに触れたときに想起させられる美しい心象風景ゆえではないか。ニコラス・ジャーの音楽は、誰をも旅させる。それはまだ見ぬ世界。そんな感覚に惹かれてやまないだろう。

彼の来日公演で、あなたにはどんな風景が見えるだろうか?

Japan_Tokyo_Online

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Nicolas Jaar

2016.3.5(SUN)

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Nicolas Jaar, ENA, Das Moth, Sam Fitzgerald, Kateb

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