一昨年の4月、ジューク&フットワークのイノヴェーターであるDJラシャドが逝去した。

当時、ジューク&フットワークが世界中に伝播していた最中だっただけに、この訃報にはシーン全体に大きな影を落とした。
様々なアーティストたちが彼の死を悼むなか、とりわけHyperdubの総帥でもあるコード9は昵懇の仲だっただけに悲嘆も大きく、さらには同年に盟友ザ・スペースエイプも失い、その悲しみも一入だったはずだ。

今回はDJラシャドの命日を受け、彼と、そしてザ・スペースエイプに捧ぐべく、コード9にインタビューを行った。

故人への思いはもちろん、彼らの死から生まれたという彼のソロ初作品について、さらには2人の死を乗り越え活躍する現状について話を聞いた。

DJ-Rashad

——2年前、DJラシャドを亡くし、ザ・スペースエイプも逝去。あなたの盟友とも言える2人のアーティストを失いましたが、今改めて思うことは?

彼らを失った影響は本当に大きい。それは、俺個人としてだけでなくHyperdubにとってもね。

あの悲しみがあって、俺は去年の前半をまるで僧侶のようにスタジオで過ごすことになったんだ。そのときは音楽制作がセラピーのようだったよ。

ただ、それがあってアルバム「Nothing」ができたんだ。それはこれまでとは違い、何かをもとに音楽を作るのではなく、とにかく何も考えずただ自分が作りたいと思うものだけを意識して作り上げたんだ。

今考えてみれば、2015年は頭の中にあるモヤモヤをクリアにする年だった。全てをクリアにしてゼロにしたかったんだ。
そして、それができたから今年はしっかり活動できそうだよ。

——特にDJラシャドの存在は大きかったのかなと思ったんですが。

彼の存在は特別すぎたから、その意思を受け継ぐということはないかもしれない。
ただ、DJスピンやTekLifeのクルーは、それを受け継いでいるかもしれないね。

——彼はシカゴからジューク、フットワークという新しいサウンドを発祥し、広めてきました。彼亡き今そのシーンはどうなっていますか?

スピンはラシャドがいなくなったことによってできたシカゴのミュージック・シーンのギャップを埋めていると思う。それはすごく大きな任務だと思うけどね。

そして、彼は来年アルバムをリリースする予定なんだ。ラシャドの“Double Cup”の大成功があるからプレッシャーは大きいと思うが、彼ならやってのけるに違いない。

TekLifeクルーも互いに協力しあい、すごくいい関係を築いているね。僕自身、来年彼らとのアルバムをリリースしたいと思ってる。
ラシャドが亡くなったことで、みんなの結束力は高まった。

彼の死がみんなのモチベーションを高めたんじゃないかな。

——先ほど、2人の死をきっかけにアルバム「Nothing」ができたと仰いましたが、ソロとしては初の作品となった今作のテーマは“無”。そこにはどんな思いが?

それは、制作中何も考えていなかったからなんだ(笑)。
でも、このタイトルを付けた後で“無”というものが全てなんだということに気がついた。

制作中、まわりでは色々なことが起きていて、それこそラシャドとザ・スペースエイプの死もそうで、“Nothing”という言葉はそれも表している。
そして、そこから人類の消滅というこのアルバムのライヴセットのビジュアルに進化し、ゆくゆくは完全に自動化された誰もいないホテルというアイディアに繋がっていったんだ。

誰もいないというのは、人類が機械によって排除されたのかもしれないし、人類が消滅してしまったからかもしれない。

いわば、“死”というものがこのテーマには大きく関係しているんだ。
タイトルを付けるまで意識していなかったが、後になって“無”というものが複雑で様々な意味を持つことを悟ったんだ。

——何も考えずに制作するというのもすごい話ですね。

作品を作る時は必ずコンセプトが必要なんだけど、今回は友人の死もあり、本当に落ち込んでいたからね。
全てがどうでもよくなっているなか制作が始まったんだ。

すごくシンプルな理由だったけど、最終的にはより深い意味を持つようになっていったのさ。

——ラシャドの死がDJスピンらを奮い立たせたように、今作からは“無”というテーマながら“新しい何か”、その胎動を感じました。

無から新しいものが生まれるということはひとつのテーマであり、無の中にも必ず何かがあるというのもひとつのアイディアなんだ。

たとえば、真空は完全に無というイメージがあるが、量子論では真空の中にも必ず見えないエナジーが存在している。
その考えが俺とアルバムにとってはすごく重要なんだ。

無から音楽を作るというのは俺にとって初のことだったし、何もないところからフットワークや映画のサントラ、そしてJポップをはじめとする様々な要素が混ざったアルバムができたわけだからね。

——今作にはザ・スペースエイプをフィーチャーしたトラックもありますね。

あれは今作の中でも特に印象に残っているよ。ショートビデオを作ったんだけど、そこには彼がホログラムで登場するんだ。

この曲はすごくパワフルで、思い出が詰まってる。

——あなたはダブステップにグライム、フットワーク、ハウスなど、様々なサウンドに傾倒していますが、あなたの琴線を震わせる音楽的な要因とは?

それはイヤーワーム(頭に音楽がこびりついて離れない現象)だ。それを持った音楽に惹かれる。

——今年はビジュアル・アーティストとコラボし、架空のホテル「Nøtel」をテーマとしたショーを行う予定だそうですね。

アルバムの作品を俺自身がプレイする中で、そこにいくつかのアルバム以外のトラックを混ぜていく予定なんだ。

そして、そこでコラボするビジュアル・アーティストのローレンス・レクが「Nøtel」という建物をデザインした。
今回は俺がプレイしている間に彼がオーディエンスを「Nøtel」へとナビゲートする感じさ。

その中には、DJラシャドやザ・スペースエイプのホログラムが出てきたり、すごく不思議な内容となっている。

最終的にはインスタレーションも導入し、振動なんかも体感できるようにしたいと思っていて、すでにバルセロナの『Sónar』とアメリカの『Moogfest』でやることが決まってる。

——「Nothing」にも映画のサントラのような要素が垣間見えましたが、実際にサントラを制作中という話も聞きましたが。

ハリウッド作品のような大きな映画ではないけれど、関わっているプロジェクトはある。

さらにはもうひとつあって、それは去年アルバムが出ていて、サントラというよりはサウンド・アート・フィクションという感じなんだ。

レコードにはサウンド・デザイン・ストーリーも収録されていて、今はそれを映像化しようとしているところだ。

映像とのリンクは今後も増えていくだろうね。俺はもうDJをやるには年をとり過ぎた(笑)

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——昨年本誌がお願いした2015年を振り返るアンケートでは、昨年はグライムが刺激的だったと言ってましたよね。その理由を教えてもらえますか?

2015年のグライムの成功が素直に嬉しかったからさ。

ロンドンではグライムは早々に終わってしまった。本当はもっと大きくなるはずだったのに、2004年から2005年にかけてクラブが次々と閉鎖されてしまったためにね。

あれがシーンをダメにしたと思う。それだけにイギリス発祥のグライムが新たにスタートし、大きくなっていくのがすごく嬉しかったんだ。

個人的に、ここ数年イギリスからいい音楽が生まれているとも思えなくてね。その中でもグライムはすごく面白いシーンだと思う。

ただ、新しい音楽ではない。それは問題だ。
今のロンドンからは新しいものが何も生まれていない。それだけに過去の音楽ではあるものの、グライムの進化はすごく目を見張るものがある。

——そのとき、ベストディスクとしてはラシャドらを生んだシカゴ出身のJLINの「Dark Energy」を選んでいましたよね。

あれは素晴らしい作品であり、他にはないアルバムだったからね。

フットワークなんだけど、他のどのフットワークのアルバムとも違っていた。

俺がそういう印象を受けるものは、大抵シカゴから離れた場所出身のプロデューサーが作ったものが多いんだけど、彼女はシーンの核であるシカゴ近隣の出身で、なのにサウンドが違うところが新鮮だったんだ。

シーンのコアもまだまだ変化していく可能性が感じられたのもよかった。

——現在、あなたが注目している地域、もしくは音楽は?

南アフリカのGQONというシーンに興味がある。
すごくダークで、グライムのプロデューサーが作ったハウスのように聴こえる。

かなりムーディでホルンも使われ、スタジアムで聴こえてくるような低音の振動が伝わってくるようなサウンドがたくさん取り込まれているんだけど、すごく変な感じでさ。それがエキサイティングだと思う

——少し前の話になりますが、EDM業界屈指のプロダクションSFXが破産したことについてはどう思います? シーンに少なからず影響があったと思いますが。

光が見えたね。このときを待ってたって感じ(笑)

——昨年はワールドツアー、昨年はソロアルバムと大きなトピックが続きましたが、今年は?

さっき話したライヴを実現すること、それが俺にとってはかなり大きいことなんだ。

ザ・スペースエイプなしでライヴをしたことはないし、ここまで大規模なビジュアルをフューチャーするのも初めてだからね。

ボーカリストがいれば、みんなの目がそっちにいくからリラックスしてプレイできるんだけど、今回はそれもない。しかも、ビジュアルをフィーチャーすることで、みんながそれをじっと見てしまい踊らなくなるかもしれないという不安もある。

そういった心配はあるけれど、だからこそ挑戦したいと思ってる。どうなるかが楽しみだね。


jkt
Kode9
「Nothing」

2015.11.04 Release
Hyperdub / Beat Records
http://www.beatink.com/Labels/Hyperdub/Kode9/BRC-490/

コード9
名門レーベルHyperdubの主宰にして、自らもアーティストとして活躍。2015年には初のソロ作品「Nothing」をリリースし話題に。
なお、Hyperdubからは今年ファティマ・アル・カディリの新作「BRUTE」をリリースし、さらにはジェシー・ランザのアルバムリリースを予定。また、DJスピン、ローレル・ヘイローなどの新作も画策中。