“いかにソリッドなドラムとファットなベースを鳴らすか、それさえあれば余計なメロディなんかいらなかった”

ドラムンベース界における世界最高峰の舞台、チェコで開催されている『Let It Roll』に出演したDJ AKiはそう語る。

さらには、
“ドラムンベースの価値観が変わった”
とも。

国内外で活躍し、日本のドラムンベース界を牽引する彼にそうまで言わせる『Let It Roll』。そこに日本人初出演という快挙は、同時に今後の日本のシーンを大きく左右するまたとない機会となったようだ。

しかし、それは結果だけでなく、そのプロセスにも重要なキーがあった。
『Let It Roll』までの一連のプロジェクト、“LET AKi ROLL”を経て彼が最も伝えたかったこととは……。帰国直後の彼に直撃!

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——率直に、初の『Let It Roll』はどうでした?

すごく楽しかったし、一生でこんな経験をすることはそんなにない、正直そう思いましたね。

——フェス自体はどんな感じなんですか?

会場内には7つのステージがあって、一番小さいステージだけ唯一テクノ。他は全てドラムンベースで、規模的には『フジロック』のような感じでした。メインステージは『ULTRA JAPAN』の倍ぐらいの大きさなんですけど、僕が出演した初日は閉まっていて……。

——メインステージが閉まっているなんてことがあるんですか?

初日だけですね。でも、メインがなくても充分スゴいんですよ。セカンドステージが『ULTRA JAPAN』のメインステージぐらいあって、そこは全然機能してましたし。

会場に入ってみると、とにかく想像以上の規模で、想像以上の人がいて、想像以上にドラムンベースがガンガンに鳴っていて。最初はホントに圧倒されました。

——AKiさんはそんな中で初日にDJしたんですよね?

今回は行く前にクラウドファンディングをやって多くの人からサポートを受けていたのでいいプレイをしなければいけない、その心意気だけ忘れずに挑みました。

——どんなセットだったんですか?

昨年のオーストリア・ツアーで普段自分がWOMBの『06S』でプレイしているDJスタイルが通用したので、いつもの自分らしさをより強調するセットを組んでました。今回のプレイ時間は1時間で、毎月fai aoyamaで6時間セットをしている自分としては短距離走のように感じましたが、その一瞬にできる限りのスキルとニューロファンク色強めの音を盛り込んで。

でも、正直、同じヨーロッパでもチェコとオーストリアでは全く違ったリアクションでした。日本で反応がいい曲も向こうでは全然響かなかったり、その真逆で日本ではウケが悪い曲のリアクションがよかったり。あとは歌モノに全く反応しない。そこが日本とは全然違っていて。

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——Facebookでは“ドラムンベースの価値観が変わった”とまで書いていましたが。

『Let It Roll』は今まで自分が信じてやってきたことがちょっと違っていたかも……と思うぐらい衝撃的でした。結局、いかにソリッドなドラムとファットなベースを鳴らすか、それさえあれば余計なメロディなんかいらなかったんですよ。

特にそれを感じたのがオーディオとエド・ラッシュのユニット、キル・ボックス。彼らが今回僕の中でのベストアクトだったんですけど、チェコでは本当にド直球のニューロファンクほど響いていて、彼らはその極みのようなパフォーマンスだったんです。ステージが終わった後に2人と話をしたんですけど、オーディオは『Let It Roll』に向けて1日に10時間、3週間毎日準備していたそうなんです。既存の曲をVIP仕様にしたり、新曲を作ったり。今回一緒にチェコに行ったクルーのひとりで、これまで世界中のフェスを周っているGAKUちゃんも『アーティストにとって『ULTRA』をはじめとするフェスは今自分が作っている曲、モードを披露する場所として認知されているけど、『Let It Roll』はそれだけのためにみんな仕込んできてる。同じようだけどそれは明確に違う』と話をしていたんですが、みんなまさにそうなんですよね」

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——トップアーティストも『Let It Roll』のために、そこでしか体験できないセットを組んでいるんですね。それにしても、キル・ボックスはぜひ日本でも見たいです。

オーディオは“次はエド・ラッシュと行くぜ”って言ってました。みんなで飯を食いに行きたいからって(笑)。『Let It Roll』ではそうやってアーティストと直接話ができたのもよかったです。ちょっと歩けばいろいろなアーティストがいて、日本に来たことのない人たちも多くて。

——そうやって多くのアーティストとコミュニケーションをとるのもフェスでは大事ですよね。

初日で自分のミッションが終わって、2日目からはフェスの仕組みやバックステージの様子がようやく見えるようになったんですけど、バックステージは本当にドリームチームのようでしたね。しかも、ファミリー感もたっぷりで、それこそアンディCやロードスター、DCブレイクスなど、みんなすごくウェルカムな感じで迎えてくれて、それは嬉しかったです。

ただ、今回の目的のひとつに今後の『06S』でブッキングすべきアーティストを見極めようと思っていたので、バックステージだけでなく各ステージもまわっていたんですが、とにかく出演者が豪華過ぎて……フリクションとアンディCとバッド・カンパニーが同じ時間にプレイしてたりするんですよ。そのうえ、会場がとにかく広い。端から端まで歩いたら30〜40分ぐらいかかるので、そこは大変でしたね。とはいえ、『06S』で呼びたいアーティストはこの先3年分ぐらいのストックできました。

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——お客さんはどんな感じなんですか?

チェコ人だけでなく、ヨーロッパ中の人が集まっているんですが、そのミクスチャー感はスゴかったですね。アメリカ人もいないし、アジア人も皆無。黒人もいない。全て白人のヨーロピアンのみ。そこは突出していました。あと、日本では考えられないと思ったのが、会場内で酔っぱらっている人、寝ている人がゼロということ。

——それだけみんなストイックに音楽を楽しんでいると。

そう。しかもみんな遊び方がキレイで、ガンガン踊っているのに洗練されているというか。そして、さらに驚いたのが誰ひとり携帯を触ってないこと。みんな音を求めていて、そこはすごくプリミティブ。みんな音楽、ドラムンベースが好きなんですよ。ドラムンベースに対する愛が僕よりも強い。

——だからこそみんな集まってくるわけですね。

そうだと思います。『Let It Roll』の会場は10年前まで軍関係の滑走路だったらしく、それ以前は閉鎖されていた場所。普段は入ることができない場所で、住所もないとにかく僻地なんです。なかなか過酷な環境で、簡単に行けない場所であることは伝えておきたいですね。もしも行くならある程度の覚悟が必要なので(笑)。でも、それだけにみんな音楽に対して真剣で、僕自身得るものも多く、また行きたいと思いましたね。

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——すでに来年の『Let It Roll』も視野に?

実はもう結構アプローチしていて、来年はもっと大きなステージでプレイできればと思ってます。『Let It Roll』を経験したことでDJとしての生き方や音楽感、人としての価値観や人生観など、本当にいろいろなことが変わりましたし。

ただ、それも今回チェコに行ってこいとクラウドファンディングで支援してくれた方々のおかげ。今はみんなにいかに自分が得た感覚を共有してもらって、今後のシーンに還元していくか、毎日そればかり考えてます。

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正直、僕は日本人のDJとしてある程度の達成感みたいなものがあったんですけど、『Let It Roll』でそれ以上の景色があることを知ってしまったんですよ。もしかしたら、それが一番の収穫だったかもしれないですね。やるからにはより大きな舞台を目指したい。その感覚は日本ではもちろん、オーストリアやイギリスでも絶対に感じることのできないものでした。

——新たな夢ができたと。

そうですね。あとは、やはりクラブとフェスでDJするのは似て非なるものだなと改めて感じられたことも大きかったですね。僕は基本クラブばかりですけど、2年前の『ULTRA JAPAN』でプレイしたときにはものすごく盛り上がって、僕がクラブでやってきたことは間違ってない、自信になっていたんです。

でも、今回は全然違っていて。反省点ばかりでしたけど、3日間ドラムンベース漬けでたくさんのステージを見たことでいろいろ学ぶことができ、それは大きな財産になりました。幸いなことに9月には再び『ULTRA JAPAN』に出演させてもらうので、『Let It Roll』で学んだことを実践したいと思ってます。

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——今回の『ULTRA JAPAN』は最新のフェスセットが見れる?

今はそこに向けた選曲、ミックスを考えていて、なおかつ今回『Let It Roll』に僕を呼んでくれたオーディオポルノからリリースする予定の新曲も披露できればと思ってます。『ULTRA JAPAN』は相当な異種格闘技戦になると思うんですけど、自分が持っている力を全て出し切って、楽しい時間を共有できればと思ってます。

——先ほどAKiさんも言ってましたが、今回は事前にクラウドファンディングで費用を募り、多くのサポートを得ました。そんなファンの意識を実際に感じたことは、今後のシーンに対しても大きかったと思うのですが。

チェコに行く前に名古屋と大阪に行ったんですけど、名古屋では若いアーティストからクラウドファンディングを使って世界に行くということが、すごく学びになったって言われたんですよ。今回クラウドファンディングを使った理由のひとつとして、若い世代の日本人アーティストたちに向けて海外の進出するひとつの手段を提示できたらと思っていて。結果的に想像以上に多くのサポートを得ることができて正直驚きましたけど、それと同じぐらい僕の思いが伝わっていたことも嬉しくて。それこそ、今回僕が最も伝えたかったことなので。

今は何よりサポートしてくれた方々への感謝の気持ちとともに、その思いを感じとってくれた人がいたことをみんなに伝えたい。ドラムンベースを愛し、応援してくれるかけがえのない人がいるからこそシーンが大きくなり、アーティストも頑張れると思うんです。そういう意味では、今回のプロジェクトは未来に向けての大きな一歩になったと思います。

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——それはドラムンベースだけでなく、全ての若いアーティストに言えることですね。

ジャンルに関係なく、EDMのDJであればマイアミに行きたい、ベルギーに行きたい、夢は人それぞれあるべきで、目指すゴールも違う。そこは強要するのではなく、好きなものは好きと表現していってほしいですね。僕自身、20代はNYで過ごして日本に戻ってきたんですが、世界はやっぱり広いんですよ。日本で17年過ごしている間に忘れていた世界という感覚が今回すごく蘇ってきたし、可能性は常に広がっているものなんだと改めて思いましたね。

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『Let It Roll』とは……
チェコ共和国で2003年から開催されているドラムンベース・オンリーのフェス。2010年代以降、ドラムンベースのEU圏での爆発的な盛り上がりとともに、その規模感は拡大。近年では3日間で200組以上のアーティストが出演し、数万人規模の観客を動員。ドラムンベース界で最もステータスのある世界最高峰の舞台となっている。
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DJ AKi
DJ アキ
ドラムンベースDJ・プロデューサー。DJとしては渋谷WOMBで開催されているアジア最大のドラムンベースパーティ『O6S』のレジデントを中心に、『FUJI ROCK』や『ULTRA JAPAN』といったフェスへの出演。その他、国内外で活躍。05年にはレーベル06S RECORDSを設立し、オリジナル&リミックス作品も発表。現在はユニットASYとしても活動し、日本のドラムンベースシーンを牽引する。