アントニー・ヘガティことアノーニが、新たな名義で世に送り出した最新アルバム『HOPELESSNESS』。

今作のタイトル、その意味は“将来への否定的な期待”。それは希望か絶望か。

様々な問題を提起している今回の歌詞の中から、とりわけ印象的なフレーズをピックアップし、その真意に迫る。

「もうあなたを愛していない しばらく経つし、私にはわかってる」

“I Don’t Love You Anymore”より

去っていく相手に対し、本心とは裏腹に突き放してしまうことはある。
ただ、この歌詞の中では“あなたは開放された”とありながら、最後には“私を守ってくれるのは激しい怒りだった”とある。

自身を攻めているのか、相手を憎悪しているのか、その行き場のない葛藤が彼女をさらに輝かせるのだ。

「私は死にたいんだと思う あなたの目に留まりたいの」

“Drone Bomb Me”より

死という究極の手段をもって相手の意識を繋ぐ。
それは狂気なのかピュアなのか。それともただのあざとさなのか。

ただ、彼女はあくまで死にたいと“思う”と歌う。
そこにはどこかでまだ生きて相手の意識を引き寄せたい、そんな思いがあるはずだ。

しかしそれは悪ではない、それが女の性なのだ。

「私たちは皆アメリカ人なのだ」

“Marrow”より

彼女にとって果たしてアメリカはどう映っているのか。好きではないことは間違いない。

しかし、どこかで期待している部分もありやしないか。
嫌いなのはアメリカではない、その姿勢や主義、ナショナリズムではないのか。

強い言葉を投げかけるのは期待の裏返し。もしそうならば、彼女の存在意義はどうなるのだろう。

「死刑執行 それはアメリカン・ドリーム」

“Execution”より

最も重い刑罰、死刑は現在廃止傾向にあるが、一方で執行数は増加。
国際人権NGOアムネスティによれば、特に中東がその大多数を占め(中国では国家機密のため実体不明)、次いでアメリカ。

ではなぜ彼女は“アメリカン・ドリーム”と叫ぶのか、それは死よりも大事なものを某国から守りたい、その暗喩。

「レッツ・ゴー! さあ! たった4度上がるだけ」

“4 DEGREES”より

たった4°C、世界の気温があがるだけで状況は一変する。
魚は海に浮かび、哺乳類は倒れていく。全ての生き物が致命的なダメージを受ける。

しかし、世界は今確実にその方向へと進んでいる。
“森で動物が死ぬさまが見たいのよ”と歌う彼女だが、それはまさにアノーニなりのアンチテーゼ。

「私たちはもう絶対、絶対に暴力を振るう男たちを産みはしない」

“Violent Men”より

男性が女性に暴力をふるう、それは絶対に許されることではない。

逆もまた然りだが、彼女は女性であるからこそ、生まれる以前にまでそれを求め、正そうとする。

しかも、この直前には。“以前あなたが私の中から流れでていった場所そこであなたは私を中絶させた”とある。

この2つのフレーズで構成されるこの曲は強い意志を感じる。

「なぜ私はウィルスになってしまったのだろう?」

“Hopelessness”より

希望があるのにない……そんなタイトルが付けられたこの曲は、自身のことを歌っているのだろうか。

自らを敵と置き換えつつ、アノーニさえも見え隠れする、そんなアンビバレントな感覚がするからこそ伝えたい、“あなたはウィルスじゃないよ”と。

そして希望はある、その絶望の中に、と。
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「あなたの顔からは希望が消えてしまった 私たちが信じた子どもたちのように」

“Obama”より

第44代アメリカ合衆国大統領、バラク・オバマ。彼に対してこんな言葉が吐けるだろうか。

しかもこれだけではない。“あなたが選ばれたとき世界中が歓喜の声を上げた”と言いながらもスパイ呼ばわり。

期待していたからこそのこの感情。彼女にとって本当に信頼できる政治家とは……そしてそれは今後現れるのか。

「あなたが私を愛してるのはわかってる だっていつもわたしのことを見ているから」

“Watch Me”より

ホテルの部屋を監視し、移動行程を全て把握し、ポルノで楽しむ姿さえも追い続ける。
しかし、それは既存のストーキングではない。なぜなら愛している、見ているのは父だから。

血の繋がりがあるからこそ正当化される行為であり、娘を正しい道へと促していくための手段。それもまた純粋なる愛の形。

「もし私があなたの父親を ドローン爆弾で殺したら あなたはどう思う?」

“Crisis”より

彼女は同時に子どもを殺したら……と父に問う。そして、話は他国を攻撃するところにまで行き着いていく。
そう、これは戦争の話。

家族を愛する彼女にとってそれは何より辛いこと。
しかし、それを自分なりの言葉で喚起させる。そこに行き着くまでの道のりはどんなに険しいことか、考えただけでも胸が痛い。

「あなたの思う未来を私は拒否する 私はあなたが生まれる前の時代に生まれ直す」

“Why Did You Separate Me From The Earth?”より

これは全てのことに当てはまりそうだが、ここで彼女が言い放つのは環境問題。
地球上でもたらされるあらゆる環境破壊にただただ彼女は憂いている。

そして、だからこそ歌うのだ。未来は明るいはずだが、こと環境に関して言えばそうではない。
未来になればなるほど暗くなる。だからこそ彼女は未来を拒否している。

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ANOHNI
『HOPELESSNESS』

Rough Trade / Hostess
http://anohni.com