ダンスミュージック大国・オランダのアムステルダムで年に1度行われる音楽カンファレンス・『Amsterdam Dance Event』(以下、ADE)が今年も開催された。期間中、85カ国から2224組のDJやアーティストが集結し、35万人のダンスミュージックラバーが集まるヨーロッパ最大級の音楽イベントだ。フェスでは最新のパフォーマンスを通じて今後のレーベルの方向性をプレゼンテーションしたり、一方でオーガナイザーや機材メーカー、クラブ関係者など、各国のダンスミュージックシーンを支える人々も集合し、多くのカルチャー系の催しやカンファレンスが行われたりする。その数約400。機材メーカーの最新機種の見本市や観客を巻き込んだトークショー、ファッションイベント、さらには屋外でのアート・エキシビジョンなどなど、125のスポットで多彩なイベントが開催されるのだ(ちなみに今年のカンファレンス来場者は5200人。見本市やアート・ファッション・トークイベントに15000人が訪れたという)。
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そんな『ADE』に今回潜入したのは、今年スペインのイビサ島ガイドブック『のんびりIbiza』をリリースしたフリーライターのカルロス矢吹氏。『のんびりIbiza』では、パーティだけにとどまらない、ファミリーをも虜にするリゾート地としてのイビサに言及。ゆったりチルアウト的に過ごすイビサの楽しみ方を紹介していた。
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そんな彼は、『ADE』の中でも最新の音楽事情ではなく参加型のイベントに注目。「自分達でもやってみる」「表現を一部の人間だけのものにしない」といった視点から5つのカンファレンスをピックアップした。そこから見えてきたアムステルダムのシーンの特徴とは?

1|音楽ビジネスの現在を学ぶ
充実の「ADE大学」

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フェスティバルでは「ADE大学」と称して、音楽ビジネスの最前線で働く裏方による講義も多数行われた。中でも今年最も注目を集めたのが、モービーやマイロなどが所属するイギリスの音楽レーベル、DEF Ltd.のオーナー、エリック・ハーレによるスピーチだった。参加者は学生と思しきティーンが中心で、「契約する上でアーティストの人間性も重視すること」「仕事以外の音楽を聴くことの重要性」など、自分の持っている知識や経験を、出し惜しみすることなく彼らに伝授していた。途中、「自分は経営学を専攻していて音楽ビジネスに活かそうと思っているんです」と語った女子学生に対して、「音楽より稼げる仕事はこの世に沢山ある、お金が欲しいなら他の仕事を選んだ方が良い」とピシャリ言い放つ場面もあったが、これは嫌味ではなく、きちんと現状を納得してもらって業界に入って来てほしいからこそのアドバイスなのだろう。厳しい意見にも関わらず、教室の空気が張りつめることはなかった。日本では音楽産業の構図自体が表立って話されることが少ないが、こうしてしっかり若い人間と情報を共有する場所を設けていくことが、アムステルダム音楽シーンの拡充に繋がっているのだろう。

2|トップアーティストへ直接質問
貴重な機会に世界中から来場者が

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オランダ出身の人気DJ、サンダー・ヴァン・ドゥームへのQ&Aでは、DJ Mag Top100常連のトップアーティストにも関わらず、こんなことまで答えてくれるの?という回答が相次いだ。例えば、「海外の公演ではビザはどうしているの?」という質問に対して「商用ビザが間に合わなかったら、空港では友達のパーティに招待されて、って言って入国しているよ」とか「仕事以外でリラックスするために音楽を聴くことはあるのか?」という質問には、「トム・ヨークをよく聴いているね」など、普通なら聞きづらい実践的なものから、純粋なファン目線からの可愛らしい質問まで、包み隠さず答えてくれた。中でも、「大学生です。貴方のレーベルで働くにはどうしたらいいですか」という実直な質問、というか売り込みにも「君の専攻は何だい?」と1対1で真摯に向き合うサンダーの姿勢には非常に好感が持てた。オランダだけでなく、ブラジルやロシアなど外国からの参加者も多く、トップアーティストへ自分の思いを直にぶつけることが出来るこのチャンスは、遠方からも足を運ぶ価値があるということなのだろう。

3|日本でも話題のSpotify
事象をしっかり両面から議論

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いまでは音楽を聴く方法の主流となっているストリーミングサービスの最大手:Spotifyの担当者によるスピーチも行われた。その利便さにより、多くのユーザーを獲得していると同時に、「ストリーミングサービスではアーティストが食えない」と批判の対象にもなっているSpotify。彼らの主張を簡潔にまとめると以下の通り「自分達は他のどの音楽配信事業よりもきちんとアーティストへ分配している、そしてヒップホップを中心にSpotifyを使うことで新たな音楽製作を始めているアーティストもいるので音楽面でも貢献している」とのこと。その途中、「如何に日本でストリーミングサービスを開始することが困難か」という話に時間を割いており、Spotifyにとって日本が小さくないマーケットであることを確認することが出来た。その後の質疑応答では厳しい質問も相次いだが、筆者は決してストリーミングサービスに否定的ではないので、個人的には非常に興味深い話を聞くことが出来たのだが。その直後、同じ場所で今度はイギリスのDJ達による「ストリーミングサービスの是非」というオープンセッションが開催された。この物事をしっかりと両面から考えようとするフェアな精神が、『ADE』をここまで大きく成長させた一因なのだろう。

4|大事なのは音楽だけじゃない
アートのワークショップも

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パーティは、音楽だけで出来ている訳ではない。それを彩る装飾や照明、時にはダンサーも、大事な構成要素の一つだ。『ADE』では、音楽だけではなくそういったアート全般へのワークショップも行われている。アムステルダムの南に位置するMixtup という場所では、『ADE』期間中連日連夜ダンスやアートのワークショップが開催されていた。ただ、ここは『ADE』期間中だから特別に開いている訳ではなく、普段から昼間はアーティストが集まるオフィス、夜には有志が集ってアート全般のワークショップを行う場所として、一般に無料で解放されている。『ADE』のプログラムに組み込まれたのも、たまたま普段からやっていることが『ADE』のポリシーと共鳴したからだそう。お金があるから、ヨーロッパ随一のハブ空港があるから、もちろんそれらもアムステルダムで『ADE』を開催することが出来た大きな理由の一つだ。しかし、そもそもこういった文化的な土壌があったからこそ、これだけのフェスティバルを開催することが出来ているということを、日本人は肝に銘じておくべきだろう。

5|表現を一部のものにしない
体験することでシーンが育つ

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『ADE』期間中は、スポンサーである各メーカーの新商品を体験出来る会場を設けている。そこではイヤホンやスピーカーといった音響機器だけではなく、DJ機器やシーケンサーなどの最新機材も設置され、熟練者は納得のいくまでいじることが出来るし、初心者はメーカー担当者の手ほどきを受けながら使用方法を学ぶことが出来る。「初めてDJ機材に触れた」というオランダのティーンに話を聞いたところ、「周りにやる人がいないからこれまでは見ていただけだったけど、こうやって使い方がわかるとDJの聞き方も変わると思う」と語ってくれた。良いリスナー、良いアーティストというのはこうやって育っていくものなのだろう。オランダでは、美術館へ行くと「見る」だけではなく必ず版画や彫刻を「作る」体験が出来るコーナーがあるが、これらは「表現する」ということを、決して一部の人間のものだけにしないという意思の表れだ。『ADE』では、こういったオランダ独自の考えを随所で垣間見ることが出来る。